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目が覚めると、私は真っ暗な部屋の中にいた。
金属製の棚がたくさんあり、幾つもの箱が並んでいる。サインペンで何か書かれているようだが、書かれている内容までは暗闇の中でははっきりしなかった。
辺りをぐるりと見回した時、目の前に人の気配を感じる。ふと視線を移すと、机に資料を広げたまま立ち尽くす女性がいた。
黒のパンツスーツ、黒髪を後ろで一つに結び、目を見開いてこちらを見ていた。
振り返ってみたけど、誰もいない。あら、もしかして私を見てる?
『あの〜、もしかして見えてます?』
「あっ……はい、見えてます」
『あらやだ、人と話すのが久しぶりだからちょっとびっくり』
「いえっ……もしかして金山春佳さんですか?」
金山春佳。あぁ、そうだ。私の名前に間違いない。呼びも呼ばれもしないから忘れていた。
『……どうして私のことを知ってるの?』
「あっ、今ちょうどあなたの資料を読んでいたんです。ほら、写真が一緒」
女性が差し出したのは、女子会の時にノリで撮った写真だった。
『あら、本当だ、懐かしい。……というか、私一応幽霊よ。あなたは幽霊が怖くないの?』
「あっ、はい、私は昔から霊感が強くて、その……幽霊がよく見えていたんです。警察官になったのも、そういう霊を助けたいっていう想いからで……」
警察官? そういえば、ここに似た場所をドラマで観たことがある。じゃあ私はあの山からここに飛ばされたということ?
『ちょ、ちょっと待って! 私、自分の骨を置いてここまで来ちゃったっていうこと? やだ……! 今変な形になっちゃってるのに……』
その瞬間、女性は私の方にぐいっと体を寄せてくる。きっと透けてしまうのがわかっているかのように、出来るだけ距離を縮める。
「あなたはご自身の失踪事件のことをご存知なんですか⁈」
『えっ……まぁぼんやりだけど覚えてるわ』
そう言うと、嬉しそうに目を輝かせ、慌てて目の前の資料を漁りだす。そして私に見せてきた。
「金山春佳さん、看護士、28歳。昨年の六月二十二日、仕事を終えて帰宅途中、二十時二十五分に駅を出る姿が防犯カメラに映ったのを最後に失踪。当日は雨が降っていたこともあり、警察犬でも追うことは不可能でした」
『えぇ、そうね。その後……確か車にはねられたの。そこまでは覚えているんだけど、どうも即死ではなかったみたい。きっと気を失ってたのね。記憶にあるのが遺棄されてからだから』
「車⁈ 遺棄されたというのは本当ですか⁈ 場所はどこかはわからないんですか⁈」
女性は机の下の方に埋もれていた地図を勢いよく引っ張り出す。そしてばっと広げると、私に見ろと言うような目で見つめてくる。
『無理よ。場所はわからない』
「な、何か目印のようなものはないんですか⁈」
『目印……』
何かあったかしら……あの夜の記憶を手繰り寄せる。
『なんかね、重石を腰につけられて水の中に落とされたの。沈む時に水面に月が見えたから、まだ夜だったと思う』
「夜ですね……その時間で行ける距離……」
『あとね、いつの間にか水がなくなって、草地になったの。そこに落ち葉が降り積もって、私は埋まってたんだけど、ちょうどついさっき土砂崩れが起きて、体が外に出たのよ……どうしよう……今骨が変な向きなの……しかも足はどっかいっちゃったし……恥ずかしいたらないわ……』
「……そんなこと気にする幽霊、初めて出会いましたよ」
私の苦悩も知らずに、女性は苦笑いを浮かべた。
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