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土の中にいないのは普通のことなのに、私はどこかソワソワしていた。
机の上に寝かされたまま、今までとは違う時間の流れに身を任せていた。
ここは人の出入りが多くて忙しない。看護師だった時はそんな生活を当たり前のように思っていたのに、土の中でひっそり眠っていた頃の静けさが懐かしくなるなんて不思議。
それからしばらくして、近間さんがやってきて、犯人が捕まったことを教えてくれた。
『それは良かった……』
「春佳さんが諦めないで、こちらに留まってくれたからですよ。普通なら地縛霊とか浮遊霊になりそうなのに、まるで生きているかのように自我を保っているなんて」
『さぁ……なんでかな。私にもわからないの。てっきり犯人への恨みかと思っていたのに、捕まったと聞いても成仏出来る気がしない……』
近間さんは困ったように腕を組んだ。
「お姿を拝見したのはあの日だけ。春佳さんには何か心残りがあるはずなんです……。例えばご家族に言いたいことがあるとか」
『先に死んでごめんなさい、とか?』
「じゃあ彼氏とか?」
『もうずっと独り身。でも寂しくはないのよ。だって……!』
頭の中にたくさんの記憶が駆け巡る。その中で特にキラキラと輝いたものを、私はようやく思い出した。
どうして忘れていたのかしら! こんな大事なことなのに……!
その瞬間、私の魂はあの日のように骨から離れることが出来た。
『思い出した! マカロニはどうなったの⁈』
「ま、マカロニ……ですか?」
『そう! 私が飼っていたトイプードルのマカロニ!』
「あぁ! 犬ですね! 食べ物かと思いましたよ」
『……あの子、私が帰らなくて……ご飯とか大丈夫だったのかしら……。それに今はどこにいるの?』
「それなら大丈夫です。マカロニちゃん、ご両親の元で元気に過ごしていますよ!」
『本当? 良かった……』
「春佳さんが帰らなかったから、ずっと吠え続けていたんです。それを不審に思った隣人の方が管理会社に連絡して、春佳さんが出勤しないと病院からの連絡もあり、事件として捜査が始まったんですよ。マカロニちゃん、お手柄でしたね!」
マカロニが頑張ってくれたなんて……。
ホッとした時だった。体がふわっと浮かび上がる。そしてまたあの時のような光が現れた。だけどあの時と違って包み込むような暖かさを感じる。
「春佳さんの心残りはマカロニちゃんだったんですね……」
あぁ、そういうことなのね。近間さんが嬉しそうな顔で私を見つめている。
『ありがとう……あなたのおかげでようやく還ることが出来るわ』
体は土に還った。
私は天を仰ぎ、ふと目を閉じる。
瞬く間に眩い光に包まれ、私の魂は空に還る……。
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