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予期せぬ奇襲
空の結界術を発動させた紫音の目に飛び込んできたのは、恐怖に怯えた七海の姿と、事務所が放火されようとしている映像だった。
── やめてください! これ以上近づいたら本当にお店に電話しますよ! ──
「ふん、やってみろや」
スマホを握りしめている七海は震えた手で店に電話する。ワンコールで電話にでた店長。
「もしも~し、七海さん?」
「た、助けて!」
すると、客の男は無言で七海に近づき、グローブのような大きな手でスマホを叩いた。そして、そのスマホを勢いよくゴンっと踵で踏みつけた。
耳の大きなネズミのキャラクターが描かれているスマホケースの中からバリッとガラスが割れたような嫌な音がする。
この日の風俗エステ【エンヴィーミー】のセラピストは、セクシーなビキニのコスチュームでエステを施術するイベントを催していた。
大きな男は気持ち悪い笑みを浮かべ、七海の着ている水着を無理やり引きちぎろうとしている。
「大人しくしろや~、グェヘへへへ」
「やめて、誰か助けて…」
悲壮な表情にかわった七海は大声をだそうとしているが、恐怖のあまり声にならない。
抵抗し外に逃げ出そうとするも、玄関の手前で男につかまり万事休すの状態。
時を同じくして、店のある雑居ビル一階の空テナントでは、覆面マスクの男がシャッターの鍵を金づちとマイナスドライバーで、こじ開けポリタンクを持って油らしき液体を撒き散らしている。
撒き終わると、空のポリタンクをポイッと後ろに投げ捨てて、火の付いたオイル式ライターを、今まさに放り投げようとしていた。
こんなニつもの危機的な状況が紫音の目に飛び込んだのだ。
「あの~、社長どうしんたんですか?」
再び、凜が心配そうに紫音の顔を見上げた。
このとき、紫音は燃え盛ろうとする事務所の消火が先か、孤立無援の七海を守るのが先か、どちらを優先するか迷った。が、本能に従い生命の危機がより大きな有事を優先することにしたようだ。
「すまん凜、キャバクラはまた今度や!」
険しい顔をした紫音はいきなり事務所の方へ猛ダッシュで走りながら店に電話する。
「俺や俺! 大変や! 火事や! 今一階から火が出とる。女の子を避難させてから、全員ありったけの消火器持って下に降りてきてくれ」
数日前の梅田の嫌がらせ、火災報知器騒ぎがあってから、もしものことを考え消火器を十本ほど用意していた。
「わかりました。皆ですぐに消火に向かいます」
「多分、ガソリンで放火しとるから絶対に水は使うなよ! 上にいる爽にも伝えてくれ! 消防署には俺から電話しとくから」
その直後、煙を感知した火災報知器の音が電話口から聞こえだす。
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