699人が本棚に入れています
本棚に追加
あやかし蜘蛛族の野望 ~鬼神の種付け~
幸いなことに神林のおかげで、店のある雑居ビルは一階部分だけの小火で収まり、ニ日目からは通常営業ができるようになった。
巨漢男に怪我を負わされた七海の容態はだいぶ良くなったが、PTSDと言うやつだろうか、心の傷は癒されず今は爽の手伝いとエステの講習だけに専念している。
いわずもがな、紫音は驚異の回復力であくる日からは、普段通り動きまわっている。
しかし紫音は、自分のせいで七海や他のスタッフ達を危険にさらしてしまったと自責の念に駆られていた。
ひとつ間違えば、七海は死んでいたかもしれない。それに、神林の爺さんがいてなかったら、逃げ遅れた爽もどうなっていたかわかったものではない。
いくら能天気な紫音でも、今回の事件で自分勝手な梅田の恨み、いや人間の醜悪をリアルに体験し、色々と考えさせられることがあったようだ。
そして迎えた約束の七日の日、紫音は生糸を大阪の美容整形外科へ送るため石山方面に車を走らせていた。
紫音の護衛を任された紅葉はレンタカーで生糸の家から付いてくることになっている。助手席には妹の杏樹も。生糸に気取られないように今日は車を用意したようだ。
生糸の家の前に着くと、道路脇に停まっていた見慣れない軽のワンボックスカーが目についた紫音。嫌な胸騒ぎを覚えながら、階段を上り生糸の家に入っていく。
「おはよ~、キィさん」
「おはよ~紫音、朝早くからゴメンね~」
「全然問題ないよ。──ん!?」
「あ~ぁ、紫音に会わせるのは初めてやったかな? この娘らは私の姉の子らで音糸と華糸よ。あまり似てないけど双子なの。今日は学校が休みだから遊びに来てるの」
「キィさんの姪御さんやったん、めっちゃ可愛らしい娘らやん。二卵性っていうこと? ハーフ? なんかすごいオーラがでてるし、どっかの芸能事務所でも所属してるん?」
「もぉう、鼻息が荒いし、鼻の下も1センチ伸びてるし! ──フッフフ、まあいいわ。芸能事務所はないけどね、可愛いでしょ。でも、手をつけたら、しばき倒すわよ」
生糸が紫音を睨み艶っぽく微笑する。
「叔母が、いつもお世話になっています」
ピッタリと声を揃えて、ハニカミながら頭を下げる双子の姉妹。
「じゃあ紫音、そろそろ行きましょうか。音糸、華糸、後はよろしくね」
生糸が、姪たちに振り返ると、パチッと片目を瞑り何らかの合図を送ったみたいだ。
「は~い、叔母様いってらっしゃ~い」
「なぁ、キィさん、あの車は姪御さんらの車?」
ジェントルマンのように助手席のドアを開けてあげた紫音は、近くに停まってある軽のワンボックスカーを指差した。
「違うわよ。あの子たちは電車で来たから。あの車、何日か前からあそこに勝手に停めてるのよ」
「そっか、迷惑駐車やったんや」
「それより、場所覚えてる?」
「うん大丈夫。カーナビに履歴、残してるから」
車に乗り込み、紫音がバックミラーを眺めると、紅葉が運転する車が視界に入った。助手席にも若そうな女性が乗っているよう。だが、はっきりとは顔がわからない。
助手席ではシートベルトを締め終えた生糸が紫音の顎に手をあてながら艶っぽい声をだした。
「ねぇ紫音、朝のチュウしようか?」
「うん」
紫音が左手で生糸の肩を抱き寄せると生糸は分厚い唇を少しだけ尖らせた。それを見た紫音が唇を重ね合わす。刹那、生糸は気持ち良さそうに微笑み、太ももを強ばらせた。
◇ ◇ ◇ ◇
紫音たちの後を追いかける車の中では、妹の杏樹が紅葉に疑問を投げかけていた。
「紫音様って、ほんとうにあの女の正体を気づいてないのかな?」
「教えても無駄だった。教えたらなんだか私が悪いみたいになって……多分、証拠を見せても認めたがらないんじゃないかな?」
「そっか、紅葉も大変だったんだね。あっ! メール返ってきた──あの車、やっぱ、盗難車だったわ」
「そう、じゃ多分、あの人達の…」
紅葉達は紫音が来る前から生糸の家の近くで待機していた。彼女達も気になっていた。不審な軽のワンボックスカーの存在を。それを鬼隈に告げナンバーを照会してもらっていたのだ。
梅田の指示で生糸の家に向かった金岡と孝介は未だ連絡が取れず、行方知れずとなっている。
最初のコメントを投稿しよう!