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そのことを告げると婦人は、
「長い間、多くの人と触れ合った年寄りのちょっとした特技です」
と微笑した。その笑みが滲んでいることに気づいた皐月は咄嗟に目元に手を運ぶ。濡れている。
「すいません、なんか急に涙が……」
何度拭いても涙はとめどなく溢れてくる。婦人は皐月の手に自分の手をそっと重ねた。
「仁和寺は春だけではありません。夏は葉が茂り、秋は紅く色づき、冬は白く染まります。そして、春はまた鮮やかに咲きます。どうか、またいらしてください」
手の温もりが皐月の心を落ち着かせてくれる。赤くなった目を婦人に向ける。
「桜に間に合いますかね?」
婦人はぎゅっと握って、
「大丈夫。御室桜は遅咲きですから」
そう言って和やかな笑みを浮かべた。
自然と皐月も笑顔になる。
「ありがとうございます」
下のものを拾うほど深く頭を下げる婦人に見送られながら皐月は「和ノ華」を後にした。すでに日が昇っており、来た時は静かだった道路にバスが停まり、そこから観光客らしき人たちがぞろぞろと仁王門をくぐっていく。
観光客を目で追う皐月の前に桃色の花びらが飛んできた。咄嗟に手を伸ばして一枚を掴む。
並木として咲く桜は力強く見えたが、手中の花びらは柔らかくて可愛らしいものだった。皐月は潰さないようにそっとハンカチで挟んだ。
そして振り返って帰路を歩く。
背中に吹くそよ風がそっと背中を押してくれて、足が軽やかに進む。
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