茶屋 和ノ華

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 暫く桜見を愉しんだ皐月は再び仁王門の前に立っていた。  陽気な朝に歩いたものだから喉も乾いたし、少々お腹も鳴っている。しかし、と辺りを見回す。観光地ではあるが、大々的ではない仁和寺の周りには店が少ない。蕎麦屋などはあるがどこも営業している気配がなく、閑散としている。  駅まで行くのも多少歩くが、そこまで行けば駅前にコンビニがある。帰りがてら軽食を買おうと決めた皐月は「おや」と門から見て左へ視線を移した。  仁和寺の左手は駐車場だが、その道を挟んだ所に立て看板がある。幸いにも駅へはそこを通っても抜けられる。  首筋に垂れてくる汗を払った皐月は信号を渡って左に折れた。    『御室 和ノ華』  皐月はガラス窓に書かれた店名の奥を覗き見る。  店はまだやっていなかった。薄暗く広いとは言い難い空間にカウンター六席と窓側席が五つ、中央の大きなガラステーブルが一際通りにくそうだ。  その中でも皐月の目を惹くものがあった。カウンター奥に並ぶ急須だ。遠くて細部までは見えないが、大小さまざまの急須が静かに佇んでいる。  素敵な急須にしばし立ち止まっていると、その横の暖簾から急に人が出てきて皐月と目があった。人は突然のことになると慌てるでもなく、その場から逃げるでもなく、身動きが取れなくなることをさっきは実感した。  固まる皐月を見かねたその人がドアを開けた。  現れたのは美しいご婦人であった。黒のパンツに同じく黒のハイネック、首元のネックレスは可憐で一層輝いている。  婦人はにこやかに笑って体一つ分を開けた。 「どうぞお入りになられてください」  先程まで地面とネジで止められていた足が軽やかに前へと進んだ。
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