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皐月はお品書きの中からほうじ茶を注文した。婦人は沸騰した釜の中に笏を入れて一杯、二杯と掬い上げる。笏を傾けると蜘蛛の糸のように細く透明な線を描いて湯が急須の中に入っていく。お茶を入れる音だけしか鳴らない店内に皐月は目と耳を傾けた。
「ほうじ茶は沸騰した温度のまま入れますの」
「どうしてですか?」と尋ねる皐月の前に婦人は急須を持ってきた。途端に顔全体に香りが立つ。濃厚な香りは鼻にすうっと通り、体全体に癒しを与える。
「とても美味しそうで」
言い終わる前に皐月のお腹が空気を裂いた。皐月は咄嗟にお腹を抱きしめたが、鳴っているのは内側だ。もう一度、さっきよりも大きな腹の虫が鳴る。途端に顔が熱くなる。
婦人は軽く目を見開いてから、破顔した。そしてお茶を注いだ湯呑みをそっと差し出した。
「軽くご飯もいかがかしら?」
皐月は俯きながらも小さくうなづいた。
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