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第十一話:サディスト の アレクシア<中編>
──国立レアルタ魔法学園、舞踏会当日。
大丈夫、大丈夫。私は何回もそう呟き、緊張を和らげようとする。しかし鼓動は早かった。
毎年、レアルタ魔法学園の舞踏会では一年生が最初に踊り、先輩方からダンスデビューを祝福されるという。その上、私のパートナーであるアルフレッドが第三王子ということもあり、一年生の中でも一番最初にダンスを踊るようにと先生から言われていた。
「はぁ、よりにもよって一番最初に踊るだなんて……。アルフレッドのこと、フォローできるかしら」
ため息をこぼし、全身鏡の前で独り言を呟く。
ちなみに今日の私は深海のような、はたまたラピスラズリのような──綺麗な瑠璃色のホルターネック型のドレスを着ている。
首の後ろや腰の周りには金のリボンが飾ってあり、きゅっとドレスを引き締めてくれる。スカートはティアード型で段々と生地が重なる度に濃くなる青がより神秘的な雰囲気を演出していた。
「我ながら、すっごく似合ってるわね。流石乙女ゲームのヒロイン……」
しかしここで気づく。このドレスの色は私が何気なくお父様にお願いしたものだ。三馬鹿が赤がいいだの白銀がいいだのうるさかったのでそれらの色を避けて、無難な青にしたはずだ。
だけど、今思うと……
「瑠璃色に金の飾りって、明らかにアルフレッドを意識してるみたいじゃない!」
顔が一気に熱くなる。だけど勿論、今から着替えることはできない。恥ずかしいけれど、このまま大広間へ行かなければいけないのだろう。
アルフレッドを意識してるわけじゃない。きっとこれは偶然、そう、偶然なのだ。私はぺちぺちと頬を叩き、自分に言い聞かせる。
……その時、扉がノックされた。
「アリシア、いるか?」
身体が揺れる。アルフレッドの声だった。どうやらもう時間らしい。
私は深呼吸を一つして、「よし!」と気合の声を出す。
大丈夫、私もアルフレッドも十分すぎるほど特訓したのだ。文句のつけようのない完璧なダンスを披露して、あのサディスト王子を悔しがらせてやる!
そう自分を奮い立たせて、扉を開ける。
「お待たせしました、アルフレッド殿下」
「ッッ!」
アルフレッドが石のように固まる。そして数秒後、あたふたと目を泳がせ、私に腕を差し出した。その顔はトマトのように真っ赤である。
ポツリ、と私の耳元に彼は囁いてきた。
「綺麗だよ、アリシア。本当に綺麗だ」
「…………、」
ふん。当たり前じゃない。だって私は乙女ゲームのヒロインなんだから。
私はいつものように「ありがとうございます」と軽く返して、アルフレッドの腕に自分の腕を絡めた。
これから私は戦場に行くのだ。そんな言われ慣れてきた言葉一つで動揺なんかするもんか。
……だからきっと廊下の鏡に映った自分の顔がアルフレッドと同じく真っ赤になっていたのはきっと見間違いなのだ。そうに違いない。
大広間に向かう途中、私はチラリとアルフレッドを盗み見る。HENTAI☆ロマンティックの中で舞踏会でヒロインがアルフレッドと踊るシーンはあった。故にアルフレッドの正装の姿は既に知ってはいるのだが──画面上と目の前では迫力が違う。
非常に悔しいけれど、幼児退行行動に興奮する変態とは分かっていても、やっぱりアルフレッドの顔はとっっっっても私好みなのである。
今だって、彼は紫の生地に青い宝石をあちこちに飾った正装をぴしっと着こなしている。私と同じ年のはずなのに私よりも十センチ以上身長が高いし、なんだかいい匂いがするし、掴んでいる腕もしっかり逞しい。
幼い頃から知っているアルフレッドがいつの間にかこんなに“男の人”になっていたことを今になって実感する。
……と、ここでアルフレッドとバッチリ目が合ってしまった。
「アリシア? どうかしたのか? 余の顔に何かついているか?」
「え、あ、あぁ……い、いえ、なんでもありません! きょ、今日は頑張りましょうね、殿下っ!」
「あぁ。先輩方やグラン、マルス先生まで一緒に特訓してくれたんだ。完璧にアリシアをエスコートしてみせるさ」
「ふふ。頼りにしてますよ」
その時、アルフレッドの足が止まった。どうしたんだろうと彼の顔を見上げると、真っ青な顔。私は察した。
前を見れば、案の定──
「やぁ。アルフレッドにアリシア嬢。今日のダンス、楽しみにしているよ」
「あ、兄上……」
出たな、アレクシア・レアルタ!
彼の背後には相変わらずの首輪をつけた生徒達。彼らはアレクシアを見て、顔を赤らめ、息を荒げている。まるでアレクシアを神だと信じているような輝いた目だ。
私は警戒レベルを最大に引き上げて、アレクシアの一挙一動を見逃さないように目を離さない。
アレクシアはそんな私の熱い視線に嘲りの笑みを浮かべる。
「やだなぁ。そんな怖い顔をしないでくれたまえよ、二人とも。流石の僕も二人のダンスデビューを邪魔する気はないさ。ねぇ? アル」
「ッ、」
アレクシアはアルフレッドの名前を呼ぶ。アルフレッドの身体がビクリと揺れた。
「ふふ。大広間で王族の恥を晒したら──お仕置きだからね」
「あ、あぁ。分かっているさ……」
アルフレッドの顔がさらに青くなる。ブルブル震えている。今にも泣きそうだ。私は、そんなアルフレッドの──足を思いっきり踏んだ!
「いっ!?!?」
アルフレッドが驚いたようにこちらを見る。私は何も言わずに、アルフレッドの腕を強く掴んだ。
大丈夫、私がいる。そんな意味を込めて。
私からのメッセージは彼に無事に伝わったらしく、アルフレッドが自分の両頬を思いっきり叩き、前を向く。そうして、アレクシアの横を通り過ぎた。
その瞬間、微かにだけれどアレクシアの息を呑む音が聞こえた。
「兄上。期待していてくれ。余はアリシアを完璧にエスコートしてみせる」
「ッ……ふーん? あ、そう……」
私は肩越しにアレクシアを見て、クスリと笑う。アレクシアがそんな私を鋭く睨みつけたが、ぷいっと顔を背けた。
大丈夫だ。アルフレッドは変わった。もうアレクシアのいいなりなんかじゃない。今の彼ならきっとうまくやれるはず。
そのまま二人で真っ直ぐ歩くと、大広間の扉の前に到着する。そこにはこれから一緒に踊る一年生達が緊張した面持ちで既に待機していた。その中には勿論、グランもいる。
「姉さん! 遅かったね、何かあったの?」
「ちょっとね。そんなことよりもグラン、正装姿とっても似合ってるわよ」
グランもその黒髪に合わせた真っ黒な正装をきっちり着こなしており、絵本の王子様のようだった。
ちなみにグランと一緒に踊るのクラスメイトのメリーだ。彼女はこの学園に入学した際のお茶会で遅刻してきた子である。特に二人に接点はないと思っていたので、グランがダンスのパートナーに彼女を選ぶとは思わなかった。当のメリーは頬を桃色に染めてグランから一瞬も目を離さないでいる。
一方のグランは私のドレスをまじまじと見つめていた。ドレスに穴が開きそうなくらい強い視線を感じる。
「姉さんのドレスもとっても素敵だ。この学園で一番姉さんが輝いているよ!! ……色はちょっと気にくわないけどね。本当は僕の色に姉さんのドレスを染めて、この学園のハエ共に見せつけてやりたかったけれど……。ああ、なんで僕が姉さんと踊れないんだ……自分の血が憎くて仕方ない……やっぱりなるべく早くあの作戦を実行しないとね」
「グラン?」
グランは言葉の後半、何やらぶつぶつ独り言を呟いていたが、「なんでもないよ」とすぐにいつもの笑顔に戻る。
今、一瞬グランが乙女ゲームの攻略対象キャラらしからぬ顔をしていたような……ま、気のせいよね!
「アルフレッド殿下。姉さんをお願いしますね。くれぐれも、姉さんに恥をかかせないように」
グランはまたまた表情を切り替えて、アルフレッドを鋭く睨む。アルフレッドもそんなグランに「分かっている」と真剣な表情で頷いた。
……と、ここで舞踏会の開始を知らせるラッパの音が響き渡った。私はすぐさま姿勢を正し、アルフレッドと腕を組む。あと数秒で出番だ。
大広間へ続く扉がゆっくりと開いた。盛大な拍手が先頭の私とアルフレッドを包む。一気に私の鼓動が早まった。観客の中でマルスやイーサン達がこちらを見守ってくれているのが見える。
二年生や三年生の視線を集めながら、私達は大広間へ入場し、決められた位置で向かい合った。私はアルフレッドを見上げる。アルフレッドが「準備万端だ」と言わんばかりにコクリと頷いた。
視界の端で指揮者が動き始め、それに合わせて演奏が始める。つまり、ダンスの開始だ。
アルフレッドがミスをしそうになったらすぐに私がカバーしてあげなければいけない。だから、私はダンスの開始と同時に彼の動きに一点集中する……はずだったのだけど。
その時、アルフレッドの瑠璃色の瞳が強い輝きを放った。
「!?」
私はひゅっと息を呑む。アルフレッドに力強く身体を引かれたからだ。こんな強引なアルフレッド、練習でも知らない!
……でも、分かる。次にどんな動きをすればいいのか、自然にわかる!
アルフレッドの力強く自身溢れたエスコートのおかげだ。女性の観客達がそんな彼に感心の声を漏らしているのがなんとなく分かった。アルフレッドも周囲の感心の視線に気づいているのか気づいていないのか、自信に満ちた笑みを浮かべている。
「アリシア、いい動きだ。このまま余に任せてくれ」
「ッ……! は、はいぃ!」
流石、攻略対象キャラというべきか。耳をくすぐる低音ボイスに顔が熱くなる。
だ、ダメよ、私! いくらアルフレッドの顔が超絶私好みだとしても、彼は幼児退行行動に興奮する変態なんだから! 必死にそう言い聞かせて、冷静を保つ。
1、2、3、4。練習で何度も繰り返したステップを踏みながら、アルフレッドを見習って余裕を装った笑顔を忘れない。
いざ踊り始めてみれば、一曲分の時間なんて早いものだ。もう曲は中盤。
曲が終われば一年生のダンスパートも終わり、二年生の先輩方のダンスパートに切り替わる。今のところミスは一つもない。それどころか、一年生の中で私達が一番上手いペアだと自画自賛している(ほとんどアルフレッドのおかげだけど)。これならアレクシアも文句は言ってこないだろう、多分。
──そんなことを思って、私の気が緩んだ瞬間。
視界が、反転した。
「きゃっ!!」
思わず大きな声を出してしまう。背中に衝撃が走ったからだ。
目を開ければ真っ青なアルフレッドの顔。アルフレッドが私に覆いかぶさっている体勢。彼が私の後頭部を手で庇ってくれたから頭は打たなかったけれど……まだ曲は終わっていない。
つまり私達は、曲の途中で二人仲良く転倒してしまったのだ!
これには流石に私も血の気が引いた。周囲から先ほどの感心の声とは打って変わった嘲笑の声が聞こえてくる。それによってアルフレッドの顔が青を通り越して白くなっていった。その瑠璃色の瞳には、涙が浮かんでいる。唇をぐっと噛み締めている様子から、彼が泣くのを必死に我慢しているのが分かった。
私がどうしたものかと混乱した頭で必死に思考を巡らせている時、
「──性悪女。今のは“妨害”よ。魔法で泣き虫王子の足を滑らせたヤツがいるわ」
そんなサザンカの声が聞こえた。
私はその瞬間、すぐにアレクシアの顔が思い浮かんだ。絶対にアイツの仕業だ。もしくはあいつの後ろにいた下僕達の仕業か。
どちらでもいいけれど、そのどちらかのせいでアルフレッドが転倒し、密着していた私も一緒に崩れ落ちたというわけだ。
──『流石の僕も二人のダンスデビューを邪魔する気はないさ』
……そんなことを、ほざいていたくせに。そこまでアルフレッドの成長が気にくわないの!?
私は思わず舌打ちしそうになる。だけど今この場で舌打ちしても、アレクシアが喜ぶだけだ。今最もアレクシアが望んでいないことは──。
そこで私は周囲に気づかれないようにサザンカにお願いした。
「サザンカ。今から私達のダンスを妨害する輩がいたら阻止することはできる?」
「……報酬は?」
「私の幼い頃の記録が保存されている精霊石を二つ」
「足りないわ。ほんの少しサービスしてあげるから五つよ」
「サービス? ……分かった」
あの親ばかなお父様から私の幼い頃の精霊石をもらうのは少々骨が折れることだけれど、今はどうでもいい。あのアレクシアに一泡ふかせることができるのならば! サザンカのいう“サービス”が少し気になるけれど。
そうと決まれば、と私はすぐに立ち上がる。そしてアルフレッドに手を差し伸べた。
「アルフレッド殿下」
「アリシア。す、すまない……余が、余が転んだから……よ、余のせいで、アリシアが、恥を……!!」
こんな場面でも、アルフレッドは自分ではなく他人の心配をしている。アルフレッドのそういうところは、嫌いじゃない。けれど、だからこそアレクシアの思う壺になっている。
私は優しく微笑んだ。
「そんなの関係ありません。転んだっていいじゃないですか。あんなに一生懸命練習していた殿下は私の恥ではありません。むしろ、私の誇りです」
「ッ!」
「……それに、そもそもダンスって楽しむものでしょう? さっ、まだ曲は終わってませんよ。一緒に楽しみましょう、アルフレッド殿下っ!」
アルフレッドがポカンと目を見開く。しかしすぐに涙を引っ込めて、笑顔を浮かべ、私の手を握って立ち上がった。
「そうか、そうだったな……。ダンスは、楽しむものだったな!」
「はいっ!」
周囲の嘲りの声はもう私達には聞こえない。あとは二人で楽しく踊るだけでいい。最強のサポートのおかげでもう私達は誰にも邪魔されないのだから。
……きっと、これがブラコンクソ野郎のアレクシアには一番効くだろう。アルフレッドが、自分の下を離れて楽しそうにしている姿こそが。
身体が軽い。楽しむだけでいいという心境の変化から緊張が解れて、さっきより動きやすくなっていた。これなら……。
私は満面の笑みでアルフレッドと頷きあう。
そして、
私達は再び、踊り始めた。
その途端、周囲がざわめく。
それもそのはず。いつの間にかダンス曲の演奏に妖精達の美しいコーラスが加わって、より素晴らしいハーモニーへと進化していた。これがおそらくサザンカのいう“サービス”なのだろう。妖精達が楽しそうに私達の周りを踊る。キラキラとした彼らは星のようで、私の瑠璃色のドレスと相性がよかった。アルフレッドも妖精達の可愛らしくも美しいダンスに満面の笑顔だ。
まるで御伽噺の主人公になったみたい! 私はなんだか楽しくなってきた。もうこの際、もう一度転んだっていい。そんな気持ちで先ほどよりも軽やかで華麗なステップを踏んでみせる。アルフレッドの方もノリノリで私に合わせてくれた。
それから演奏が終わるまで、私達は全力で楽しみながら踊り続け──演奏が終わった頃には激しい運動で息が荒くなっているほどだった。汗を掻いてしまうなんて公爵令嬢としてはしたなかったかしら?
だけど……周囲からは──拍手の嵐!
これは嘲りや皮肉ではなく、素直な賞賛な拍手なのだと観客達の表情から分かった。一緒に踊っていた一年生全員が退場するまでその拍手は鳴り響いていた。
退場するなり、グランと一緒に踊っていたメリーが私の所へやってくる。
「アリシア様! それにアルフレッド殿下も!! 素晴らしいダンスでしたわ! 本当に、本当に楽しそうにお二人が踊っていらしたので、こちらも緊張が解れて一緒になってダンスを楽しんでしまいました!! ありがとうございます! お二人と同じ組で踊れてよかったです!」
そう言ってくれたメリーの方も汗を掻いていた。よく見れば周囲の一年生達も同じ様子。サザンカによる演出は私の勝手な我儘なので、同学年の生徒達の迷惑になってしまうのは申し訳ない気持ちだったのだけど……皆、「楽しかった」「あの気まぐれな妖精達と一緒に踊れるなんて夢みたい!」と笑っており、安心する。
すると、アルフレッドが私を強く抱きしめてきた。周囲から「きゃあっ!」と女生徒の黄色い声が湧く。
「アルフレッド殿下!? な、なななにを、」
「今のダンス、とても楽しかった。それに、嬉しかった! 余のことを誇りだと言ってくれたのは、君だけだったから……」
アルフレッドは私の頬に触れた。彼の顔が近づいてくる。
……ん? ちょっとまってこれって……。
私がそう思った途端、私の額に何かが触れた。ちゅっと可愛らしい音と共に。
「アリシア、好きだ。心の底から君が愛しい」
「────な、ななな!?」
そんなアルフレッドの言葉に奇声を上げ、私は固まった。
うぅ、アルフレッドを励ますためとはいえ、誇りだなんて言うべきじゃなかったかしら……。今日の私はアルフレッドに翻弄されてばっかりだわ……。
***
「素晴らしいダンスでしたわね。特にアリシア様とアルフレッド殿下のペア! あんなに楽しそうにダンスを踊るペアは他に見たことないわ。なんだかお二人の将来を応援したくなってくるわね」
「アルフレッド殿下は一時期『落ちこぼれ王子』だとか言われていたけど、実際は優秀な方だったよな。この間の実習試験だって希少な光魔法を使いこなしていたっていうし」
「アルフレッド殿下もアリシア様も本当に幸せそう。私もあんなに仲のよい婚約者が欲しいわ……」
──吐き気がする。
アレクシアは身体の内側から溢れてくる憎悪を嘔吐物としてぶちまけてやろうかと本気で思っていた。しかし、流石にプライドが許さない。
胸糞の悪い周囲の言葉を無視して、会場を去る。自分の踊る出番など、知ったことか。
「あ、アレクシア様……!! 申し訳ございません!! アレクシア様の命令通りに我々数人で妨害魔法を続けていたのですが、どういうわけか途中から効かなくなってしまい……!!」
下僕が数人、そんな言い訳を吐きながら後をついてくる足音が聞こえる。舌打ちをしつつも、アレクシアは下僕達の追従を許した。
乱暴に自室に入り、今まで我慢した分を込めて机を力いっぱい殴りつける。微かにへこみができた。
ベッドに腰をかけると、下僕達が犬のようにこちらへ這ってくる。その滑稽な姿に少しだけ冷静になったアレクシアは枕の下からあるものを取り出した。
取り出したのは精霊石だ。そこにはある少年の映像が記録されている。それは──
『ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい、兄上! 行かないで! ごめんなさい! 生きていてごめんなさい! おちこぼれで、ごめんなさいぃ……!! 独りは嫌だよぉ……!!』
──必死にこちらに泣き縋る幼い頃のアルフレッドの姿だ。確かこれは、「落ちこぼれの弟は王族にふさわしくない」と言って幼いアルフレッドを別宅に住まわせた時の泣き顔だったか。アレクシアは自分の中でゾクゾクと何かがせりあがってくる感覚を覚える。先程までの憎しみが嘘のように消え去り、深い満足感と興奮がアレクシアの背中を駆け巡った。
「やっぱり、アルはこうでなくっちゃあね……。アルは絶望で泣いている顔が世界で一番可愛いんだ……。可愛い可愛い、僕だけの弟」
──だが。
アレクシアはチッと舌打ちする。ぐしゃりとベッドのシーツを握り締めた。
「あの魔女め! 僕の友人だけじゃなく、僕の弟まで奪っていこうとするなんて……。なんて憎たらしい!! 嗚呼、あの女からどうにかアルを引き剥がせないものか……。あの女と一緒にいるとアルが可愛くなくなってしまうじゃあないか!! クソ、クソクソクソクソォォオッッ!!」
ふと、アレクシアは下僕の中から一人の青年に目をつけた。
青年を立ち上がらせ、まじまじと観察する。青年は真っ赤な顔で息を荒げていた。最高に気持ちが悪いが、そうなるように調教したのはアレクシア自身なので何も言えまい。
「お前、アルと同じくらいの身長だよね。体形もほとんど一緒だ」
いいこと思いついた。そう言わんばかりにアレクシアは口角を上げ、ご機嫌そうに青年の耳にとある“お願い”を囁いたのだった……。
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