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第十一話:サディスト の アレクシア<前編>
「舞踏会、ねぇ……」
朝の食堂にて。何気なく呟いた言葉に周囲の男共が一斉にピクリと反応したのが分かった。私はため息をこぼす。
もうすぐ国立レアルタ魔法学園では毎年恒例の舞踏会が開かれるらしい。三学年全員が参加する生徒の交流の場だ。公爵令嬢である私はダンスを多少は嗜んではいるけれど、練習はしなければならないだろう。ダンスのパートナーは一応婚約者であるアルフレッドだと既に決まっている。
チラリ、と左横を見れば、そのアルフレッドが浮かない顔で俯いていた。
あら、変なの。いつものアルフレッドなら「エスコートは余に任せておけ! 上手くエスコートできたらご褒美に赤ん坊ごっこにつきあってくれるか?」くらいのことは言うはずなのに……。
私は元気のないアルフレッドに声をかけようとしたが、その前に前方に声を掛けられる。ジャックだ。彼はご自慢の赤髪をいじりながら、目を泳がせている。
「アリシア。お前、その、ドレスとか、着るのかよ」
「まぁ、舞踏会ですからね。勿論着ますよ」
「ふ、ふーん……。何色のドレスを着るんだ?」
「それはまだ決まっておりませんが」
私がそういうなり、周囲の目つきが変わった。
っていうか、前方にはジャックに、その左右にはルビアとフロスト……。いつの間にか生徒会メンバーにも囲まれている。なんと恐ろしいことだろう。
それに一番恐ろしいのはあのアレクシア・レアルタが私に対しての嫌がらせも何もしかけてこないところだ。私のせいで生徒会はほぼ解散状態なのだから、絶対に怒っているとは思うんだけど。加虐性愛な彼がこのまま黙っているとは到底思えないし。
「姉さんには夜空のような黒いドレスがいいと思うよ」
グランが満面の笑みでそう話しかけてくる。
ドレスの色か。確かにそろそろ決めないといけないかもしれない。今日か明日にでもお父様にドレス調達依頼のお手紙を書かなければ。
「そうね。黒のドレスも大人っぽくて素敵かも。考えておくわ。ありがとう、グラン」
「おい! ちょっとまて! アリシアには赤のドレスがいいに決まってるだろ!」
ガタッと立ち上がるジャック。同時にフロスト、ルビアも勢いよく立ち上がった。
面倒な気配を感じて、私は黙って朝食を口に放り込む。
「いや、アリシアには白銀のドレスが似合っている! それか翡翠のドレスだな! アリシア、ドレスは僕が調達してもいいか?」
「おい、フロストさん! そりゃあ抜け駆けだろ!」
「ちょっと! 兄弟子の僕の意見も聞いてほしいな! アリシアはピンクのドレスがいいと思うよ! 例えば僕の瞳の色みたいな?」
ぐぬぬと火花を散らす三馬鹿(ジャック、ルビア、フロスト)を放っておいて、私は再度左横を見る。アルフレッドはいつの間にかいなくなっていた。先に教室に向かったのだろうか。今日の一時限目は一緒の授業のはず。だというのに、彼が私を置いていくなんて今までなかったのに……。
***
授業中もアルフレッドは元気がなさそうだった。というか、私を避けているような様子だった。ここまで明らかに避けられるとなんだか腹が立つので、私は放課後に彼の部屋を尋ねた。
「アルフレッド殿下? アリシアですわ。入ってもよろしいでしょうか?」
扉をノックをする。しかし、声は返って来ない。物音もしなかった。留守なのだろうか。
今は夕食も終えた夜だ。こんな時間に彼が出かけるとは思えないのだけど。私は肩を竦める。
「サザンカ、アルフレッド殿下の魔力を辿れる?」
私の声は静かな空間に溶け込んでいく。しかし数秒後、不機嫌そうなサザンカの声だけが聞こえてきた。魔力温存のためか、ついに彼は魔力節約モードの小人姿でも現れなくなってしまった。
「アンタねぇ。アタシは便利な探知機じゃないんだけど?」
「そう言わずに。お願い、サザンカ。今度お花型の可愛くて甘いクッキーを作るから!」
最近気づいたことなのだけれど、サザンカは幼女だけではなく可愛い小物や甘いお菓子にも目がないらしい。故に、彼にお願いする時はそういったものを引き合いに出すと大体交渉が成立するのだ。サザンカの扱い方が少しだけ分かってきた今日この頃。伊達に一年半も彼と契約しているわけではない。
「チッ。この妖精王をそんな使い方するのはアンタくらいよ。……あの泣き虫王子は校舎のダンスホールにいるみたいね」
「ダンスホール?」
ダンスホールというのは、社交界のマナー教室やダンス教室の会場によく使用される場所のこと。
なるほど、そこは盲点だったわね。確かに今の時期なら自主的にダンスの練習することもあるから使用許可を容易にもらえるだろうし……。
でもアルフレッドのやつ、ダンスの練習をするならパートナーである私に一言声かけてくれてもいいのに。
私はそんなことを考えながらダンスホールへ向かう。そこに近づくにつれて、舞踏会での定番曲が徐々に聞こえてきた。これでアルフレッドがダンスの練習をしているのはほぼ確実だろう。
好奇心がくすぐられ、私はひとまず声を掛けずにそっと扉の隙間から彼の様子を観察してみることにする。
「アルフレッド様、頑張って! さっきよりは長く踊れてますよ!」
「ッ……う、」
ダンスホールの中央に彼はいた。彼の相棒であるソールも一緒にいるようだ。ソールの掛け声に合わせてアルフレッドは一人で踊っている。
だが、その踊りは──パートナーがいないということを考慮しても、とてもダンスと言えるものではなかった。どちらかというと前世でいう盆踊りの動きに近い。王族の動きとは到底思えない不格好なものだった。
そして──
「う、うぅ……っ!!」
突然、アルフレッドはその場で崩れ落ちる。ポタポタと彼の瞳から涙が滴り落ちるのが見えた。顔は真っ青になっており、呼吸も荒い。ソールが必死にアルフレッドに声を掛けている。
「アルフレッド様! アルフレッド様、しっかり! 大丈夫です。ここにはお兄様はいらっしゃいませんよ!」
「うっ、ごめ、なさい……ごめんなさい、兄さん、生まれてきて、ごめんなさい……」
「ッ!!」
生まれてきてごめんなさい。その言葉に私は目を丸くする。いつも「赤ん坊ごっこがしたい」だの「母乳を飲ませるフリをしてほしい」とふざけたことを言う彼とは思えなかった。痙攣しているかのようにアルフレッドの身体は震えていた。
ど、どういうこと? アルフレッドの「落ちこぼれ王子というコンプレックス」は解消されたはずでは!? 光属性のソールの魔力を借りて、アルフレッドの成績はグランに続く学年二位。グランが超天才なだけで、十分優秀な成績のはずだけど……。
混乱する私を余所にアルフレッドはボロボロと涙を流し、弱弱しい声を漏らす。
「うぅ、これじゃあ、アリシアにも、恥をかかせてしまう……。余は、大切な人間の恥にしか、ならない存在なんだ……」
「そ、そんなことは──「そんなことありません!」
考えるより先に私は口を出してしまった。アルフレッドがすぐに顔を上げる。
私は仕方なく扉を開け、彼の前に出た。
「アリシア!? み、見ていたのか?」
「えぇ。殿下の様子がおかしかったので気になって……。殿下はダンスが苦手なのですか?」
アルフレッドは目を伏せる。私はそっとそんな彼にハンカチを渡す。鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった彼は、出会ったばかりの八歳の彼と全く変わっていなかった。
「見ていたならわかるだろう。苦手というレベルではない」
「……泣いてしまうくらい、ダンスが嫌いなのですか? 顔も真っ青で、今の殿下は普通ではないように思えます」
アルフレッドは私のハンカチで顔を拭きながら、もごもごと口を動かしていた。仕方ないので私はアルフレッドの手を引き、ダンスホールの壁に背を預け、楽な姿勢で彼が落ち着くまで待つことにした。アルフレッドは相変わらず俯いたままだ。
次第に呼吸を整えた彼がポツリポツリと語りだす。
「──幼い頃、兄上に叱られたことがあってな」
「兄上というと、長兄のアベル殿下ではなくアレクシア殿下のことでいいですわね?」
アルフレッドは頷いた。アルフレッドには兄が二人いるので、その確認だ。
その後、語られたアルフレッドの過去は胸糞悪いものであった。
幼い頃、アルフレッドは王城専属教師の下でダンスを学ぶ機会があったようだ。その時のダンスもそれはそれは酷いもので、その際にアレクシアにこんな事を言われたらしい。
──『お前は人前で踊っちゃダメだよ、アル。これ以上王家に恥をかかせないでくれ。迷惑なんだ。ただでさえ落ちこぼれの搾りカスなのにさ』
アルフレッドはそんな兄の言葉に号泣。そりゃあそうだ。いくら子供同士とはいえ、言っていいことと悪いことがあるだろう。
アレクシアはそれ以降、「落ちこぼれの顔なんか見たくない」とアルフレッドだけ違う屋敷に住まわせたり、度々アルフレッドを罵倒してくるらしい。
アルフレッドは次第にそんなアレクシアの言葉と態度に恐怖を覚えるようになる。特にダンスを踊る時はあの時のアレクシアの言葉が脳裏に浮かび、先ほどみたいに発作が起きるようになってしまったらしい。
私はぎゅっと拳を握り締め、やり場のない怒りを抑える。そういえば、アルフレッドの露出性愛を矯正する時、確かにアルフレッドは他の王太子や国王と隔離されていた。アルフレッドがアレクシアを怖がっていることはアルフレッドルートでも触れられていたけれど、まさかここまで酷いなんて思わなかった。アレクシアがいくら加虐性愛とはいえど、合意のない他人にこんな仕打ちをするなんて間違っているはずだ。周囲の大人がそんなアレクシアをよしとしていたのも腹が立つ。……これだからこの世界が大嫌いなのだ、私は!
私はそっとアルフレッドの手を握る。アルフレッドの濡れた瑠璃色の瞳が宝石のように輝いていた。
「殿下。今日から私と一緒にダンスの練習をしましょう。まだ舞踏会まで時間があります。沢山練習して、練習して、練習して……アレクシア殿下に目にものをいわせてやりましょう!」
「し、しかし、それではアリシアに迷惑を、」
「これは迷惑ではありません。アルフレッド殿下が今まで努力してきたのは知っています。そんな貴方の努力を、アレクシア殿下の言葉一つで台無しになるのが許せないだけです」
そうだ、幼児行動性愛ではあるものの、アルフレッドは努力家である。ソールの力を借りるだけでは学年二位の成績をとれるわけがないのだ。ソールの魔力を自由に使いこなすために知識を蓄え、森で何度も呪文の練習をしていた彼の努力は婚約者である私が一番知っているのだから。
その点だけは、私はアルフレッドを評価している。
「アリシア……」
「もう! これ以上泣くならアルフレッド殿下のこと嫌いになりますよ!」
「うっ! そ、それは困る……!」
彼は私の言葉に慌て、ごしごしと涙を拭く。私はそんなアルフレッドに微笑み、立ち上がった。すぐにアルフレッドに手を差し伸べると、恐る恐る私の手をとって彼も立ち上がる。
……だけどここで一つ、問題がある。
私はダンスは嗜んでいるものの、流石に男性パートの動きまでは把握していないことだ。故に、アルフレッドにダンスを教えることはできない。指導者が必要だ。
変態に借りを作るのは嫌だけど仕方ない。明日マルス先生にでも頼んでみようっと!
***
「マルス先生にだけお願いしたはずなんですけどねぇ……」
私はため息まじりにそう呟いた。いや、心のどこかではこうなることは分かっていたはずだ。だからこそ、マルスにこっそりとお願いしたのに!
「殿下。そんな動きで本当に姉さんのパートナーが務まると思っているのですか? 僕が代わりに姉さんのパートナーを務めましょうか?」
「人間ってそんなカッコ悪い動きできるんだな……。逆に感心するレベルだぞコレ」
「アルフレッド殿下も筋肉をつければいいんじゃないかな! 今でも鍛えている方だとは思うけどね」
「やはり! アリシアのダンスのパートナーに相応しいのはこの僕、フロスト・クリンだと思うんだが、君はどう思う? アリシア!」
──そう、どこから情報が漏れたのかは知らないけれどグラン+三馬鹿がついてきてしまった。
度重なる彼らからのダメだしにアルフレッドのHPは既に0に近い。今にも泣きそうな顔でがっくりと項垂れている。
ここで手を叩き、この場を黙らせたのはマルスだった。
「皆さん、これ以上アルフレッド殿下のダンスを馬鹿にするならばこの場から立ち去りなさい。アリシアお嬢様の邪魔になります」
優しい声色だが、厳しい注意に四人は同時に口を閉ざす。静かになった四人にマルスはニッコリと微笑んだ。
「──ですが、改善点の提案等は大歓迎です。そういう意見は指摘された側の成長に直結することが多いですからね。さて、君達はどうしますか?」
マルスの言葉に顔を合わせる四人。まず一番に手を上げたのはグランだった。
「……殿下のダンスの腕には姉さんの名誉がかかっています。僕も協力します、殿下」
そんなグランに三馬鹿が続いていく。
「俺も。協力しますよ、殿下。一応、俺は先輩だしな。先輩は後輩を助けるもんだし」
「うん、そうだね。ジャックもたまにはいいこと言うじゃん」
「僕もダンスには自信がある。協力しますよ、アルフレッド殿下」
四人の提案にマルスが満足気に頷いた。私も自然に微笑んで、アルフレッドの顔を覗き込む。
「ほらね、殿下。他人に頼ってもいいんですよ。殿下は背負いすぎなんです」
「! ……そう、か」
アルフレッドが困ったように口を迷わせている。どう反応していいのか分からない、といったところか。数秒ほどすると、照れ臭そうに笑って、四人に「ありがとう」と頭を下げていた。まさか頭を下げられるとは思ってもいなかった四人が目を丸くしていたのは見ものだった。
ちなみに私の練習はというと、ルビアが自己女性化性愛の名残で女性パートも完璧に習得していることから、彼に教えを請うことにした。「兄弟子の僕に任せて!」と張り切る筋肉質の彼はなんとも暑苦しいのだけど、指摘されることは的確なので素直に感謝している。
──こうして、攻略対象キャラ達によるダンスの特訓が幕を開けたのである。
こうなったらアルフレッドと私の完璧なダンスをアレクシアに見せつけてほえ面かかせてやるんだから! 今に見てろよ、サディスト王子!
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