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第二話:ドM な グラン
「姉さん、僕を罵倒して。姉さんに存在を否定されることで僕は生きている実感が湧くんだ。僕は姉さんに罵倒されるために生まれてきたと言っても過言ではないよ」
そんなぶっ飛んだセリフを吐いてのける男こそ、アリシアの実弟、グラン・ヴァイオレットである。しかも超美麗なスチル付きで。
グランは黒い髪、赤い瞳という異色の容姿をしていることもあって、周囲からは「悪魔の子」と囁かれている。故に彼は両親やアリシアの知らない所で召使達に虐げられており──「被虐性欲」に目覚めてしまうのだ! そしてドMへと変態進化してしまった彼は自分のような異形でも平等に愛してくれる実姉アリシアに罵られることを生き甲斐にするようになる……。
グランルートに突入してしまえば、前述のように定期的に選択肢で罵倒してやらないとHENTAIエンドに落ちてしまう。逆に程よく罵倒してやれば、攻略キャラの性癖とヒロインがなんとか共存できるハッピーエンドへ導かれる。
ちなみにグランルートのハッピーエンドはグランを罵倒していくうちに、アリシアがSに目覚め、相性バッチリ☆な二人は学園卒業後も仲良く暮らしましたとさ、というオチだった……。
「──って、なんじゃこりゃああああああああ!! なんでこのゲームはハッピーエンドがハッピーエンドじゃないんだよぉ! 主人公も異常性癖に目覚める乙女ゲームってなに!? 狂ってる……!!」
……と、いうわけで。私好みのハッピーエンドにするべく、今からグランへのいじめを撲滅しようと思います。
ひとまずグランの部屋に行ってみるか。一日中、私がグランに引っ付いていれば召使達も手は出せないだろう。そう思い至り、さっそくグランの部屋を尋ねたが、部屋には誰もいなかった。
「部屋にはいない。グランは今日、何も用事はなかったはずだけど。庭にいるのかな……って、まさか!」
たしかゲームで、グランはいつもヴァイオレット家の庭にある離れ倉庫で虐げられていたと本人が語っていた。既にグランがそこにいるとしたら……!!
私は走った。それはもう走った。
でないと、可愛い弟が罵倒されて性的興奮を覚えるようなド変態になってしまうのだから!!
実姉である私にドSの悪女を憑依させて喜ぶド畜生になってしまうのだから!!
ドレスの裾が破れたり汚れたりしたって気にしている時間はなかった。
「はぁ、はぁ、無駄に広い庭を作ったことを恨むわよ、お父様……!! ぜぇ、はぁ、」
気づけば全身汗だくで髪もグシャグシャになりながら、私はようやく離れ倉庫にたどり着いた。その姿はとても公爵令嬢とは思えない程酷いものだろう。
「──オラッ! オラッ! 悪魔がこの栄えあるヴァイオレット家に居座り続けてんじゃねぇよ!!」
だがその声を聞いた瞬間、荒かった息も落ち着く。
こっそりと倉庫の壁に張り付いて、裏側を覗いてみた。案の定、うずくまっているグランの背中を踏みつける少年達が目に入る。
「お、おい、いいのかよ? 悪魔とはいえ、この方は公爵家だぞ? 従者の俺達がこんな事をしているのがバレたら……」
「いいんだよ! むしろこいつがいるからヴァイオレット家が悪魔に魂を売っている、なんて噂が流れてしまってるんだよ! 自分の主が周りの貴族共にそんな事言われて、俺は嫌だぞ! だからこいつをさっさと追い出しちまうのがいいんだよ!」
「そ、そうだな。ヴァイオレット家のためだもんな……。もしかしたらこの悪魔がアリシア様を襲っちまうかもしれねぇし……」
「ぼ、僕は、そ、そんな事しない! 大切な姉さんに酷いことなんて……!」
「うるせぇ!!」
グランの頬を思いきり蹴る少年。ゲームではサラッと書いてあったが実際にこうしてみるととても酷い。いくら彼らがヴァイオレット家の為に行動していたとしてもこれは酷すぎるわ! もう見てらんない!
私は「何してんのよ!」と叫んでその場に現れた。召使の少年達の顔が一瞬で真っ青になる。
「あ、アリシア様!? ど、どどどどどうしてここに!!」
「それはこっちの台詞ね。貴方達こそ、こんな屋敷の隅で何をしているの? 貴方達が先ほどから踏みつけているものは、まさか私の可愛い弟ではないでしょうね?」
「も、もも、申し訳ございません!!」
少年達はすぐにグランから離れる。私はグランに駆け寄った。
「グラン、大丈夫!?」
「ね、姉さん……どうしてここに……」
ほぅ、と思わず見とれてしまう。前世を思い出してから初めて見たグランはそれはもう美しかった。
絹のような黒髪は一日中頬ずりしたくなるくらいに綺麗だし、赤い瞳はルビーのように妖艶な魅力がある。誰が一体こんな美少年を「悪魔」だなんて呼べるのかしら!
私はグランの服についている土を掃ってあげると召使達を睨みつける。
「アンタ達! 今日やった事はお父様に報告させてもらうから覚悟しなさい!! 私の弟をドMの変態に目覚めさせかけた罪は重いんだからね!? もう二度とグランに近づくんじゃないわよ!」
「え、へ、変態……?」
「いいから! さっさと仕事に戻りなさい! 屋敷の掃除をサボるな!」
「ひぃっ!」
しっしっと手ではらうようなジェスチャーをすると、召使達は慌てて屋敷の方へ去っていった。
残されたグランはぱっちりと見開かれた大きな瞳で私を見上げる。その瞳には涙が浮かんでいた。私は真剣な顔つきでグランの両肩を掴む。
「グラン。正直に答えなさい。お姉ちゃん、別にドン引きしたりしないから」
「え?」
「今、あいつらにいじめられて気持ちいいと思ったりしなかった? 興奮してない?」
「えぇ……?」
グランの瞳の涙が一瞬で乾き、「何言ってんだコイツ」という表情を浮かべた。いや、私だってこんなこと聞きたくないわよ! でも私の将来に大きく関わる事だから真剣にならざるをえない。
「どうなの?」と強い口調で再度聞いた。グランは目を泳がせる。心底困惑しているようだ。
「えっと……いじめられるのは……痛くて、悲しいものです……。気持ちいいわけがないと思います……」
「…………、」
それを聞いた私は感動で涙を流し、震えた。そしてそのままグランを強く抱きしめる。
私の胸の中に収まったグランは真っ赤な顔になって「姉さん!?」と声が上ずっていた。私はそんなグランはお構いなしに心の中でガッツポーズをした。
よかった!! 本当によかった!! まだグランは異常性癖に目覚めていなかった!
「グラン、今まで気づかずにごめんね」
「ね、姉さん……。仕方ないよ。僕の見た目が気持ち悪いものだって分かってるから」
「気持ち悪くなんかない! グランの髪は思わず見惚れてしまうくらいに綺麗だし、その瞳も宝石のように美しいわ! 世界で一番可愛い私の弟よ……」
そう言うと、グランはわんわん泣き始めた。容姿のせいで今まで家族とちょっぴり距離があった彼のことだ。相当寂しかったのだろう。私は優しくグランの頭を撫で、強く決意する。
「グラン、もう貴方は独りじゃないわ。私がいる。これから先、一生私の傍にいて。もう私から離れないで」
「!!」
そうよ、こうすればグランはもういじめられない。これ以上グランがいじめられたら変態進化してしまうかもしれないし……。
当のグランは顔をさらに真っ赤にし、口をパクパクさせている。
「ね、ねねね姉さん!? そ、そそそ、それってぷ、プロポ……」
「約束よ! もうこれ以上、独りになるの禁止! 分かった?」
グランはどういうわけか乙女のような表情を浮かべて、コクコク頷いた。
よし! これでグランのHENTAIエンドへの道は閉ざされたわ! これからは思いっきりグランを甘やかしてあげなきゃ!
「さっ! グラン! 一緒にお屋敷に帰りましょう!」
「う、うん! 姉さん! 僕は一生姉さんについていくよ! 一生! ……姉さんが言ってきたんだから、もう死ぬまで離さないから、ね……?」
なにやら怖い顔をしてボソリと呟くグラン。私がキョトンと首を傾げると、グランはきゅるるんっという効果音が付きそうな甘えた表情で私を見上げた。
……なんて可愛いの! 私の弟、万歳! イケメンショタ、ばんざーい!!
よーし! この調子でどんどんイケメン達のHENTAIエンドを潰していくわよ! 頑張れ私! えいえいおー!
▽アリシア は グラン の ドMルート を たおした!
▽おや? グラン の ようすが……?
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