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第十二話:これから
アレクシアによるアルフレッド監禁事件からひと月が経った。
結局。アルフレッドはあの後すぐ、国王と長兄のアベルに事件について報告したようだ。
国王陛下もまさか可愛がっていたアレクシアがそんな蛮行をするとは思っていなかったようで、酷くショックを受けていたらしい。といっても、アレクシアがアルフレッドを別宅に隔離していたり、心ない言葉をかけたりしていたのは絶対に気づいていたはずだから、なんて無能な父親なんだと思うけれど。
そういえばゲームでは、アルフレッドが母親によく似ていることから、邪険に扱っているって設定があったっけ。いくら亡き妻を思い出して悲しくなるからってアルフレッドに当たるのもおかしな話だ。
一方、アベルは幼い頃から他国への留学や視察でなかなか城に帰らない御方。だからこそ、アレクシアもアルフレッドを別宅に追いやったり、好き放題できていたのだろう。アベルはアルフレッドによると「唯一信頼できる兄」だという。
ちなみに今回の一件によってアレクシアはアルフレッドと隔離する必要があるということで、アベルの下に留学することが決定した。つまり、これからはアベルがアレクシアを傍で監視してくれるというわけだ。処罰が軽すぎるとは思うけれど、それはきっとアルフレッドが減刑を進言したんだと思う。
被害者であるアルフレッドが何も言わないのならば、私がアレクシアの処罰についてどうこういうつもりはない。
──ひとまず、アレクシアの件はこれで一件落着というわけだ。
「アルフレッド殿下。深呼吸ですよ、深呼吸」
「あ、あぁ……すぅ、はぁ、すぅ、はぁ……」
レアルタ魔法学園の全校生徒が集まっている大広間の舞台裏にて。私は緊張して涙目であるアルフレッドに付き添っていた。
アレクシアが学園から去ったことでレアルタ魔法学園生徒会は勿論崩壊。そして、学園長の指示により新しく生徒会が編成された。
書記は前回同様ジャック、会計はルビア。副会長はグランとフロスト。総務は、私。
そして会長は──なんとアルフレッドだ。
何故学園長が生徒会長にアルフレッドを指定したのかは分からない。でも、アルフレッドが生徒会長になるのは、彼が王族だからとか、アレクシアの弟だからとか、そういった理由ではないのはなんとなく分かる。
アルフレッドは誰かのために一生懸命になれる人間だ。だからきっとこれからアレクシアが生徒会長の時よりも素敵な学園生活になるだろうと私は思っている。
……と、そこで、アルフレッドがそっと私の手を握った。
震えているけれど、固くて大きな手が私の手を包む感覚に、私は少しだけ顔が熱くなる。見上げると、アルフレッドが子犬のような表情で私に顔を寄せた。やっぱり、顔がいい。
「あ、アリシア……。緊張で震えが止まらないから……少しだけこうしていてもいいか?」
「もう。もう少しで出番なんですから、少しだけですよ」
ここで「甘えないでください!」ときっぱり言えないのは惚れた弱みというやつなのだろうか。
私がそっと震えるアルフレッドの手を撫でようとした時──がしり、とアルフレッドの手首を何者かが掴む。
「ア・ル・フ・レッ・ド殿下ぁ! 緊張を紛らわせたいならぜひ僕の手をどうぞ……!! 実は僕の手には癒しの力があるんです。これならアルフレッド殿下を癒すことができるはずですので、今すぐ姉さんから離れてくださいね」
「いや、思いっきりお前の手から黒いオーラが漏れているが。明らかに呪いかなんかがこめられているだろう、それ」
般若のような顔をしているグランに素早くツッコミを入れるフロスト。その後ろからジャックとルビアも近寄ってきた。
「ふふ。これからは新しい生徒会でこの学園を盛り上げていこうね。まず手始めに『プロテインは毎日飲むべし』って校則を作るのはどう?」
「冗談で言ってるよな? むしろ冗談だと言ってくれ」
「はぁ。二年生まで馬鹿なことを言うんじゃない。ほら新会長、出番だぞ。さっさと挨拶してくるんだ」
フロストがアルフレッドの背中をそっと押す。こういう時は流石最年長というべきか。
アルフレッドが眉を下げ、不安そうに私の顔を見た。私はやれやれと肩を竦める。
「……アリシア。行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ、殿下!」
手を振ってそう言うと、アルフレッドは笑顔で舞台に上がっていった。談笑をしていた生徒達がアルフレッドの登場によりすぐに静まり返る。
「──こ、今回、前会長に変わり、新しく生徒会長に就任したアルフレッド・レアルタだ。急な就任で皆も困惑しているかと思うが……皆が学びやすい環境を作るのは勿論、レアルタ魔法学園での経験を人生の宝物であり、誇りだと思ってもらえるように精一杯努めていきたいと思う」
挨拶の最初は台本を見るために俯いていたが──多少緊張が解れてきたところで顔を上げ、真っ直ぐ生徒一人一人の目を見るように大広間を見渡している。アルフレッドの碧い瞳に見つめられた生徒達がその輝きに見惚れているのが舞台裏からでも分かった。
「……余は、一人では何もできない」
アルフレッドはそれだけ言うと、舞台裏の私や生徒会メンバーに一瞬だけ視線を移した。
「だからこそ、優秀な生徒会メンバーは勿論、皆の力も借りることがあると思う。皆の意見を求めることもあるだろう。その時はぜひ余の力になってほしい。余だけではなく、皆で、この学園を盛り上げていきたいと余は思う……!」
私はそんなアルフレッドの言葉を聞いて、思わず笑みがこぼれた。多分、後ろにいる生徒会メンバーも生徒達も今の私と同じ気持ちになっているのだと思う。
いいスピーチだ。少なくとも、支配者気取りのアレクシアよりもアルフレッドの誠実な言葉の方が生徒達の心に届いたはず。
あぁ、これで無事に「レアルタ魔法学園編」の攻略対象キャラ達を全員乗り越えたのだから、安心して学園生活を満喫できる──
──わけがないのよね~、実は。
これで一件落着に見えるけれど、実はまだ変態サバイバルは終わっていなかったりする。
「HENTAI☆ロマンティック」はソーシャルゲーム。故に、攻略対象キャラの人数がとても多い。まだまだ出会っていない変態達がたっくさんいるのである。
例えば、レアルタ魔法学園にはライバル校なるものがあり、その学園こそがアルフレッドの兄、アベルが留学しているブルギスト魔法学園である。学園ファンタジーでおなじみのライバル校との交流イベント──「交流会編」。つまり私は近々、新たな変態戦国時代に巻き込まれる運命なのである。
それだけじゃない。私達が二学年に上がると勿論後輩が入ってくる。その後輩の中にも数人、攻略対象キャラがいるはずだし……。
そういうわけで、非常に残念なことではあるけれど、まだまだ私の変態サバイバル生活は終わらない。
でも、今の私には生徒会のメンバーや、先生達、相棒のサザンカ(誰が相棒よ、と怒られそうだけど)、世界一可愛い弟のグランや、アルフレッドがいる。
だから、きっと大丈夫なのである。頼りになる皆と一緒ならね!
……と、そこでアルフレッドが舞台裏から帰ってきた。全校生徒からの大きな拍手を浴びながら。挨拶は大成功のようだ。
なにやらもじもじしているアルフレッドが私にすすすっと近寄ってくる。私は鳥肌が立った。私の中の変態センサーがビンビン反応している。
「──それで、アリシア。今日の放課後は、その、いつもの赤ん坊ごっこを……いいか? 実は新しい母乳ビンを用意していてな。可愛いリボンがついた赤ん坊用の頭巾もあるんだ!」
「…………」
幸せそうに赤ちゃん変装グッズについて語りだすアルフレッド。
私は鋭い頭痛を感じた。これは将来への不安から生じたもので間違いないだろう。
──ああ、やっぱりもうダメだな、この世界……。
私はそれはそれは重いため息をこぼし、今の今まで将来に期待していた自分を思いきり殴りたい衝動に駆られるのであった……。
<第一部・完>
***
これで「全員変態」第一部完結です。
まだまだ回収していない伏線がありますので、第二部も書こうかなと考えておりますが、連載はおそらく2024年後期になります。
それまでは矛盾が生じた箇所やキャラクターの容姿設定の修正等含め、第一部の修正のみ更新していきます。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
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