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村地は淡いオレンジ色のワンピースを着た女性に、自分たちを紹介した。
「このクラスの委員長と副委員長、この子らのおかげで俺何とか副担やってるんだ」
二人して彼女に頭を下げる。体育教師は照れくさそうに言った。
「婚約者だ、さっき両家の顔合わせを済ませてきて」
一瞬、教室の中の物音が何も聞こえなくなった。こんやくしゃ。美智生はその言葉を反芻し、こういう事態を全く想定していなかった自分の愚かしさにも打撃を受けた。自分が村地に想いを寄せているのがバレる想像はしていたのに、彼に特定の女性がいる想像を全くしていなかったのである。
彼女は美智生に自己紹介したが、頭の中が働かず、情報が何も刻まれなかった。しかし、彼女の柔らかそうな頬や唇、つやつやしたロングヘアを見て、勝ち目が無いことだけは理解した。そもそも最初から、勝負にもなっていないのだが。
「男の子なんだね、こんな美人な生徒いるのかと思ってざわざわした」
「樫原は男姿も綺麗なんだ、まさかここまでメイド服が似合うと思わなかったけど」
二人は美智生に笑顔を向けながら楽し気に話す。先生にめっちゃ褒められてるのに……あんだけ褒めて欲しかったのに……あんまり嬉しくない……。
「じゃあコーヒーとパンケーキ二つずつお願いします」
椅子に腰かけた村地は、美智生と服部に言った。声を揃えてはい、と応じる。
キッチン組にオーダーを通し、出来上がったお菓子を盆に載せた。服部がこそっと囁く。
「むらちぃのフィアンセよりみっちぃのほうが綺麗だし……」
「……よくわからんけどありがと」
美智生は客席に足を向け、はっとした。あいつもしかして、俺が先生のこと好きなのに気づいてるのか? マジか? ヤバくないか?
……バレてもいいや。美智生は笑いを噛み殺す。どうせあと半年足らずの恋なんだから。でも、綺麗なメイドミチルはきっと、先生の記憶に残るぞ。とにかく後で一緒に写真を撮ろう。
村地のテーブルの横を過ぎる時、彼は美智生に小さく手を振った。美智生も笑顔を返した。男女逆転喫茶店は、大繁盛していた。
《完》
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