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美智生は洗面所の鏡の前に立ち、やけに細く整った眉毛になった自分を見つめていた。まあまあきれいだろうか。そして生まれて初めて、ひげ以外の毛を剃ったT字カミソリを棚に置き、すべすべになった両腕を掌で確認する。ちょっとやり過ぎかな、先生にキモがられたらどうしよう。
一番上の姉の真季子が引き戸を開けた。美智生はうわっ、と思わず叫び、胸を腕で隠すという無意味な行動を取った。
「何あんた、気持ちまで女になってるの?」
真季子はがははと笑った。そして弟の顔をじっと見つめる。
「あら、綺麗に出来たじゃん! これで私たちが指導した通りに化粧したら、みちがナンバーワンメイド間違いなしよぉ」
美智生はそそくさと寝間着にしているスウェットに腕を通した。
「ボディローション塗った? 肘はクリームしっかり擦り込むのよ、ガサガサ肘のメイドなんて薄汚いよ」
何、肌と肘は塗り分けるのか? そこに二番目の姉、芽衣子が顔を出す。
「明後日お母さんとみちの晴れ姿見に行こうかなー」
「何でおふくろも来るんだよ! 肘のクリームってどれ使うんだ」
二人の姉はそれぞれ違う化粧品を使っているため、あれやこれやとその場で言い出した。
「臑毛も剃ったでしょうね? パンストからはみ出すとか絶対ダメだから」
「剃った剃った」
「ストッキング破れたらいけないから替えも持ってくのよ」
姉たちは美智生の女装のために、いろいろ世話を焼いてくれている。芽衣子は昨日買ったばかりのシートパックまで使わせてくれた。
明日から三日間、高校生活最後のお祭りである。思い出に残るものにしたい。美智生にはもうひとつ、秘密の目標がある。楽しみにしてると言ってくれた、副担任の期待に応えたい。綺麗だと言って貰えたら、めちゃくちゃ嬉しいし、きっと一生忘れない。
美智生には五つ上と二つ上の二人の姉がいる。幼稚園に入るまでは、姉たちと同じ恰好をさせられて、それを受け入れていた。そんな訳で、急に無粋なズボンを穿かされた時は、子ども心に不満に思った。
成長するにつれ、姉たちと同じように、髪を結ってひらひらしたワンピースを着たいという気持ちは、胸の底に押し込めておくべきだと考えるようになった。
顔立ちの整っている美智生は、背も伸びて男性の恰好も何でも似合うようになった。勉強もスポーツもそつなくこなすこともあり、高校生になると、ほどほどに人気者になった。あまり男女交際に興味は無かったが、女子の注目を浴びることそのものは、気持ち良かった。
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