そこには最初から何も無かったかのように

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『そこには最初から何も無かったかのように』 子どもが連続して殺される事件が全国で多発した。 年齢はバラバラなのと同日に全国で1万人の子どもが殺されるという異常事態に世界は震撼。 子どもたちの素性もバラバラだった。 いじめっこ、いじめられっこ、裕福な子と共通点がなかった。 殺され方は毒、絞殺、刺殺と多様だったが、金銭目当て、性的目的はなかった。 目撃者の証言では空気が歪んだような光景が一瞬見えたという。 村唯一の駐在所員は村で見慣れない怪しい男を捕まえた。 男は自分はこの時代の人間ではないといった。 駐在員は刺激しないように、話を合わせた。 「いつから来たのですか」 「2999年」 途方もない数字が出てきて駐在員は面食らったがどこかでボロが出るかもしれないと思いさらに話を合わせた。 「××さんの時代の元号は?」 「げんごう? ああ。元号か。 ……確か500年前に廃止になりました。学生のとき以来に聴いたな」 「今、この時代の元号は何かわかりますか?」 「平成」 「そう平成33年です。オリンピックという年に酷い事件が起きましたね。幸いこの村では起きてないのが救いです」 「この村の子どもたちは奇跡的に将来犯罪を起こさないので良かったです」 「何ですって?」 「時間移動技術が確立されたのが私の時代から100年前。2899年。そのときはまだ1分前にしか戻ることができなかったのですが、2995年に500年前まで遡る事に成功したのです。そこで国は秘密裏に企画されていた真の意味でのユートピア計画を実行に移しました」  話が飛躍してついていくのがやっとだった。  これはかなりの妄想癖だ。 「全ての犯罪を根絶やしにするためには犯罪が起こらなければ良い。だから最も遡れる時代875年前に行き、将来犯罪を起こす子どもたちを殺したのです」 「ふざけるな!」  駐在員は怒鳴り、男の胸倉をつかんだ。 「黙って聞いていたが我慢できねぇ! お前の妄想と現実の事件を混ぜんじゃねぇ! 亡くなった子どもたちは貴様の妄想のために死んだんじゃねぇ!」 「今こうしてる間にも歴史は変わっているのです。あなたは先ほど、平成33年でオリンピックの年と言いましたよね?」 「当たり前だ! 平成33年でオリンピックがあるんだよ! それなのにこんな事件が……」 「それはあり得ないのですよ。本来ならこの時代は『令和』と呼ばれているのですから」 「れいわ? だと?」 「そして、本来、令和2年と呼ばれコロナウィルスのパンデミックが起き、オリンピックは開催されなかったのですから」 「てめぇ! どこまで自分の中の世界を持っているんだ!」 「私も最初は戸惑いました。歴史と違うから。でも、気づいたのです。私のいる2999年よりも未来の人間たちがさらに過去を変えていることに」 「な!?」 「このまま行くと人類ごと無くなるのも時間の問題ですね……」 駐在員の目の前が霞がかり、男はいつの間にかいなくなっていた。 「待て!?」 駐在員が叫んだとき、駐在員はおろか、駐在所まで無くなっていた。 そこには最初から何も無かったかのように。
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