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外はすっかり暗い。ゲレンデに灯ったナイター照明と青く浮かんだ竜の背ジャンプ台⋯⋯竜頭。
薄く掛かった雲の隙間に見えるお月様までが俺を嘲笑っている気がする。
兎にも角にも切り替えだ。
柊は忙しい。FlyHighも忙しい。従っていれば何とかなる俺とは違う。チームを、会社を存続させる為の『大人の事情』が何重にも絡まり、それはもう忙しい事になっているんだと思う。
柊最後の五輪まであと僅か。
その僅かな時間を最大限に使ってやれる事は全部やる。チームも、俺個人も。
ハーフパイプを見上げる。
真っ白な壁の中を右へ左へ─────子ども達が未来を掴む為に飛んでいる。
氷の粒をライトに反射させ、キラキラでスラッシュしたのは。
「たいちゃん!」
「曽我くん」
子どもと思ったら曽我くんだった。とは言えないが。そうね。うちのジュニアメンバーにここまで上手い子はまだおらんよねー。
「どお? トリプルコーク行けそう?」
「イヤ⋯⋯ソレハ⋯⋯」
「やっぱあんなん飛べるの柊さんだけよなー」
安藤さんは俺がトリプルコーク1440に挑むのは難しいと半ば結論づけている。
碓氷村の碓氷さん特有のデカい体は豪快なジャンプが好まれるビッグエアやスピードに乗り易いタイムアタック競技ならいざ知らず、ハーフパイプの中では不利と言わざるを得ないからだ。
柊のような職人であろうと現状のコースでは五〜六本の技が限界。体を小さく折り畳み、前への推進力を最小限に抑え、上へ─────空を目掛けて飛び出して行く。
リップに上手く降りられなければ失速し、次のジャンプへの高さが出ない。高さが出なければ回転数は稼げない。雪や風、天候の影響もその時々で頭に入れつつ緻密なライン取りが出来なければ五本飛ぶのだって難しい。俺がこの五年間どんだけ苦心してきたか。
ちょっとのズレでも激突・落下の危険があるし⋯⋯つーかそもそも激突スレスレを狙わなければ成立しないなんてどんな罠だ。
「誰が考えたんじゃ⋯⋯こんなクッッソ危ない競技」
「は?」
「イエ」
デカくて重いこの体をこんなに恨めしく思った事はない。柊が飛べるなら俺も飛べると信じてやって来たけど⋯⋯
可能性で言うなら俺より曽我くんの方がまだ成功する確率が高い。間違いなく。
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