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ミス・アイドル
アイドルの語源は“偶像”
そんなこと、63億人は知っている。
ウィキペディア曰く、“神や仏などの存在をかたどって造られた像で、かつ崇拝の対象となっているようなもののこと”だそうだ。
神や仏の実在なんて下らないことをどうのこうの君と議論するつもりはない。
つまりは存在しないもの、君の頭の中にしか存在しないものを君は自分自身より大事にしているわけだ。
「わかるか? 私はそう問いたいんだ」
人で賑わうスターバックスの店内。私は自前のペットボトルの水をあおると、目の前の男、マモルに向けて一気に持論をまくしたてる。
「相変わらず小難しそうな理論武装でござるなあ。それで、如何でしたかな? 今回の個握は?」
マモルは、ふた昔前のヲタクのような口調の癖に、おしゃれぶった涼しい顔でトゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラペチーノをすする。いや、長いわ。言わせんな。
そんな突っ込みの衝動を何とか押し殺し、私は先ほど初めて体験したアイドルの個握について考えを巡らせる。
「うーん。どうと言われてもな。只の握手じゃないか。そもそも個握という言葉自体、最近呪術廻戦で知ったくらい馴染みが無かったものだしな」
「そんな小難しく考えないで、ただの感想でいいんでござるよ。どうでござった? 僕の推し、めららちゃんは?」
「普通にかわいかった。あと手が柔らかかった」
私は思ったままを口にした。
「そうじゃなくて!」
マモルは机を両手で勢いよくテーブルを叩く。トゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセン・・・(以下略)がぐらぐらと揺れる。
「もっとこう、湧き上がってくる感情的なもの。スピリットからライズアップしてくるエモーションをトーキングしたいでござるよ!」
興奮しすぎて、どこかの大柴になってきたマモルが異様なテンションで机をバンバンと叩く。これで酒を一滴も飲んでないのだから、正直引きすぎて驚く。ちなみにトゥーゴーパーソナルリス・・・(以下略)はついに音もたてずに静かに、控えめにこぼれた。ズボンが汚れた。
「エモーションかあ・・・。素直に思ったのは、ずっと笑顔で辛そうだった。あとは、ずっと姿勢も正していなきゃいけないのも何だか可哀そうだったな」
「かわいそっ・・・。かあ~厳しいでござるなあ。あなたみたいなゴミな糞人間がいるから世の中から戦争が無くならないんでござるなあ・・・」
マモルは宙を、というかスターバックスの天井を悟った顔で仰ぎ見る。その眼からは一筋の汚い涙が絹の糸のように流れていた。
ゴミな糞人間って、さすが傷つくな。じゃあ何て言えば良かったんだ。
私はマモルに対する罵倒をペットボトルの水と一緒に飲み込んだ。注文をしていないからか店員の視線がチクチク刺さる。
「あなたには何を言っても無駄なようでござる。ですので・・・」
マモルはおもむろに席を立ちあがるとトゥーゴーパーソナ・・・(以下略)のお替りとおしぼりを二つ持ってきた。そのうちの一つを私に手渡し、マモルは黙って床を掃除し始める。私はズボンに着いた(以下略)のシミを黙って落とし始める。そして思う。なんだこの時間。
数十分後、入店時よりも綺麗になった店内に二人の人間が真剣な表情で椅子に座り、黙って向かい合っている。
「で・・・何の話だったっけ?」
何を話していたかをすっかり忘れた私は、仕切り直しの気持ちを込めてマモルに問い掛ける。
「忘れたのでござるか!? アイドルの話でござるよ! めららちゃんの個握の件でござるよ!」
ノック式ボールペンの先が飛び出るような微妙な勢いでマモルは立ち上がる。
「いいでござるか! あなたはめららちゃんの素晴らしさを分かっていない!つまりアイドルとは・・・」
なみなみに注がれたトゥー・・・(以下略)が再びこぼれそうな位ぐらついたので、私はおもむろに立ち上がり、マモルの顎と鳩尾に良いのを一発ずつ入れた。マモルの膝は折れ、しばらくその場にうずくまった。小さくしくしくとすすり泣く声が聞こえてきた。うざい。心底そう思った私は躊躇なくマモルの顔を踏みつけた。マモルは小さくブヒィと鳴いた。私はその声を記憶から抹消した。
それと、流石に店員の視線が痛かったので、あっつあつのカプチーノを注文した。いい香りがする。
「そこまで言うならあなたの理想のアイドルを教えてくださいよお」
めそめそ泣くマモルはそう絞り出すように言った。もはや話の主旨が変わってしまっている気がするが、面白そうなので黙って付き合うことにした。
「そうだなあ、先ずはルックスだろ」
「ふむ」
「それと、マナーや礼儀。あとは協調性も必要だな」
「ふむふむ」
「それと、応援したくなるカリスマ性」
「ふむふむふむ」
「あとは魅力的な笑顔だな」
「ほーう」
「ついでに良い声であれば最高だな。まあ、これは、二次元キャラでも可だな」
「まあ、良い声にこしたことはないですからな。というか中々普通の願望ですな」
「あと何より大事なことが一つ」
興が乗ってきた私は人差し指をマモルの眼前に突きつけ、言う。
「人を躊躇なく殺せる鋼のメンタルだな」
「いや、それは、アイドルに必要ない・・・というか、あってはならぬモノでは」
私はあっつあつのカプチーノをマモルに浴びせかけた。マモルはブキィーと奇声を発しながらねずみ花火のように転げまわった。見慣れた光景に私は気にせず言い続ける、
「テクノ×アイドル。メタル×アイドル。病み×アイドル。一見アイドルと合わなそうなものが融合することによる目新しさがウケて、今世の中には様々なアイドルが存在すると言うじゃないか。だけどもそれは未知なるものに対する好奇心に過ぎない。人々が本当に求めているのは大昔から決まっている」
私はマモルの出た腹を思い切り踏みつけて叫んだ。マモルは恍惚な表情でうめいている。
「太古から人間が見たいのは、他人が堕ちていく姿。自分以外の誰かが不幸せになる姿だ!」
「せ・・・性格が最悪だ。それに、人を殺すのは犯罪でござるぞ」
「まあ、確かに人を殺すのは良くない、しかしな、とどのつまり犯罪なんてものは結局バレなきゃいいんだ」
マモルは怯えながらも慣れた様子で立ち上がり、椅子に腰を下ろす。そして何か言いたげな目でこちらを見てくる。気持ち悪い。
「おやおやあ? 今回、私お得意のハッキングでめららちゃんの個握のチケットを用意してあげたのはどこの誰だったかな?」
「あなたですお姉さま。すみませんでした」
「わかればよろしい」
私はマモルもとい弟のト・・・(以下略)をグイっとあおった。自分の分は後にとっておく。
「はあ、引きこもりの姉に新しい世界を見せてあげようと思ったらこれでござるよ。まあ、そんな物騒なアイドル、この世には存在しないから大丈夫か」
マモルが胸を撫で下ろしたと同時に私は黒髭危機一髪が飛び出すが如く立ち上がった。
「決めたぞマモル! 私はアイドルになる! そして得意なハッキングで世の中の悪党共の秘密を暴き、世間に晒して社会的にぶっ殺しまくってやる!」
「そんなのアイドルとして認められるわけないだろ!」
「認めさせる! 人間の太古からの欲求×アイドル。こんな目新しい組み合わせで成功しないわけがない!」
「成功するわけないだろう! そんなの成功するわけないだろう!」
「そんなもの、試してみなきゃわからない! 手伝えマモルよ!」
「ああ、姉さんがやる気になってしまった。僕はとんでもない怪物を生み出してしまったのか?!」
私たちは店内で競い合うように絶叫する。店員や他の客のドン引いた顔など全く気にならない。ああ気分がいい。たまには外に出てみるもんだな。アイドルとは素晴らしい! アイドル最高! アイドルは世界を救う!
数年後、正体不明の暴露系バーチャルアイドル“ミス・アイドル”が現れ、ひたむきで謙虚な姿勢で世界中の悪事や不正を、ウィキリークス真っ青な手腕で暴き続け、悪党を社会的に抹殺し、大ブレイクするのであった。
彼女の正体は誰も知らない。
只一人の男をのぞいては。
終劇!
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