手紙 −紫苑

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眉間に小さな皺を寄せながら、だったけど。あれは先生、絶対に呆れてたね。わかってたって。 そうだな、もっといろいろと話せば良かったって、今になって後悔してる。 告白とかさ、大人の先生にするのは絶対無理って思って、僕の気持ちを全然伝えられなかったし、先生の気持ちも全然分かんなかったから、デートにも誘えなかった。 余計な声を掛けて、失敗したくなかった。嫌われるのが、怖かったんだ。 ✳︎✳︎✳︎ 遠矢くん、この手紙は私の夢の中で、あなた宛に書いています。手紙というより、自分の気持ちを整理したくて、書いているような気もしています。 あなたに見せることのできる、最初で最後の手紙です。 けれど本当は、見せてはいけないものなのです。 これまでずっと、ひた隠しにしてきた私の心の中。 ごめんなさい、私は自分でも恐ろしいほどの身勝手さで、あなたを連れていこうとしている。 あなたが教室へと来てくれるようになって、家族を早くに亡くして独りに耐えていた私は、あなたのお陰で心と身体の健康を取り戻していきました。 そう、あなたのお陰なのです。 いつも優しく接してくれて、いろいろと面倒な家の仕事も手伝ってくれたりしましたね。 外の倉庫を掃除した時のこと、覚えていますか。 虫の苦手なあなたに代わって、ゴキブリを私が退治したりして。 あなたのあの、慌てようと言ったら。 私は感情を表に出すことを忘れてしまっていて、顔には上手に出せなかったけど、心から、心から楽しかった。 あなたの心身ともに持ち合わせている健康的な部分が私に伝染して、私はずいぶんと救われていたのです。 あなたに逢って、元気になる自分を嬉しく思っていましたし、あなたが見せるひたむきで真っ直ぐな姿、それが私を少しずつ良い方向へと変えていきました。 毎日、あなたが来るのを楽しみにしていたのです。 私はもともと身体は弱かったのですが、このように患った病気で先が知れた時、どうしてといよりは、やっぱりそうなんだ、そういう運命なんだと受け入れる気持ちが先に立ちました。 その時点でかなり病状は悪化していました。急に症状が酷くなったように思えたのは、それまでも色々と前兆は出ていたのだけれど、毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかったから、気付かなかっただけで。 そしてあなたに出逢って、元気になってきているという気持ちがあったから、やっぱり落ち込んでしまいました。 こう言うとあなたは怒るだろうけど、長くは生きられないと感じながら今までの日々を過ごしてきたので、少しのことですが覚悟のようなものもあったのです。 けれどそれはそんなに力強いものではなかったのですね。 そして、余命をはっきりと知ったあの日。 私はひどくあなたにあたり散らしてしまいました。自分でも、頭がおかしくなったのでは、と思うくらいに。 あなたはすごく困った顔になって、哀しい顔になって。 あなたが悪いんじゃないのに。 それなのにあなたは手を、ずっと手を握ってくれていましたね。 ずっと、手を握っていてくれた。 そして、あなたに別れを告げなければと思うにつれ、私は私でなくなっていったのです。 どうして、あんな冷たい態度をとれたのだろうかと、今になって思います。 自分の命の期限を知り、あなたを私という存在から切り離すことから始めたわけだけど、なかなか上手にいかなくて。 あなたを苦しめるばかりだった。 あなたと、あなたのご家族をも。 謝らなければなりませんね、本当にごめんなさい。 あなたには、あなたにひどい態度をとって傷つけてしまったことを。 あなたのご家族には、あなたの心を連れていってしまうことを。 櫻井さんには、あなたのおばあさまには向こうで会った時、お詫びしようと思っています。 許していただけるといいのですが、そんな風に淡い期待を抱いても仕様がありませんね。 こちらの世界で許されないことは、あちらの世界でもきっと許されない。 それは変わらないでしょう。 あなたの心を、連れていきたい。 そう口に出した時、眠り屋の若いご主人は目を丸くされていました。 きっとなんて馬鹿なことをと、呆れられて断られると思っていました。 だから、ご相談にのりますよ、と言われた時には、少し驚きました。 私はあなたの心の内側を知りたいと願いました。 あなたの心に私という存在が大きく占めてはいなくても、それでもあなたが私を、ほんの一握りでも想っていてくれたなら、と願って。 その一握りの心を貰って、死にたいと願って。 だから、私はもうすぐいなくなってしまうけど、あなたの心を連れていきたいのです。 ずっと、私のそばで寄り添っていて欲しくて。 この手紙を読んで、あなたも私のこと、きっと呆れるでしょうね。 信じられないと。 こんな人とは思わなかったと。 自分の我儘であなたの心の一部を連れ去ってしまう、卑怯な人間だと罵るでしょう。 それでも構いません。 私が死んだら、こんなこと忘れてください。 私のことも忘れてください。 けれど、私は……、 私だけはあなたが欲しくて。 あなたのその笑顔、その目、優しく包み込むようなその目が好き。 一緒にいたくて。 そばにいて欲しくて。 言葉にしたことはなかったけれど、私はあなたに恋をしているのです。 信じられますか、あなたを愛しているのです。 こんなこと、言うつもりはなかった。 本当にごめんなさい。 許されない。 こんなこと、許されないのに。
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