夢を彷徨って −アネモネ

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瑠璃がほうっと小さく息をつく。 「それからですが、蝶が飛び去るのを見届けると、私は枠だけとなってしまった窓をそれでも閉めようと思います。手を伸ばそうとすると、いきなり何かが飛び込んでくるのです。それは、一匹の黒豹なんです」 「黒豹?」 息をつくのかと思ったが、瑠璃はすぐにも続けた。 「私は驚いて、慌てて後ろへ下がります。いつも決まってソファに足を取られて倒れ込んでしまうのですが、不思議と恐ろしい気持ちはありません。黒豹は私へと近づき、身体を擦り寄せてくるのです」 「その黒豹は吠えたり、威嚇してきたりはしないのですか?」 「いえ、擦り寄ってくるだけで、私がソファに座ると膝の上に頭を乗せてくるのです。それが甘えて、頭を撫でて欲しいというような様子で。おかしな話ですが、私もなにかしら愛情を感じているようです。なので、何度も撫でてあげるのです、何度も」 ああ、なるほど。それが夢から覚めた時にある充足感、満足感に繋がるのか、そう思ってメモを取る。 「そうしてるうちにどこか遠くの方で鐘の音が鳴り始めます。黒豹は頭を上げて、一度だけ喉を鳴らして唸り声を発すると、鋭い牙を少しだけ見せるのです。そこで決まって夢から覚めます」 「不思議な夢ですね」 「はい、最初見た時には、断片的にしか覚えていなかったのですが、毎晩、寸分違わずに同じ夢を見ていれば、目が覚めても覚えているものですね。そんな風に最初はうろ覚えだったのですけれど、一つだけ確信していることがあるのです」 瑠璃の表情が、みるみる硬直していく。 「その夢を初めて見た日から私は画を描けなくなった。おかしいのです、筆に手を伸ばすことすらできないのです」 そして瑠璃の瞳は、濁ったものへと戻ってしまった。 そう、やはり原因は、ここ(・・)にある。 僕はペンを置くと、息をついてテーブルの上で両手の指を絡ませて握り込んだ。 「そうですか」 「私、今描きかけで置いてある画を、どうしても完成させなければいけないのです。何とかなりますでしょうか、先生」 不安そうに見つめてくる、その視線。ゆらゆらとして定まらない。弱々しいその存在に、僕は心を打たれていた。
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