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好きだった文字を書く仕事を細々と続けてみた。自分には似合わないような恋愛の詩も書いたし、よく分からない人生観も書いてみた。
憧れを仕事にしたら、案外楽しめないもんだよ、と。
長年夢を見続け、憧れだった職についた彼は草臥れたスーツを身にまとい、襟元のネクタイを弛め、運ばれて来たビールをグッと呷る。久しぶりに会った。
ネクタイも緩めれば?と彼に行ったら、それはいいんだよ、と笑って誤魔化されたことを今でも覚えている。
ごくごくと喉元を通る液体。
それをぼんやり眺めながら、「ビールのCMでも来そうだな」と呟くと、彼は吹き出しそうになって、じろりとこちらを睨んでくるから、冗談だと笑った。
ジョッキの中身を半分以上流し込むと、彼はふぅっと、ひとつ息ついて、枝豆を殻から、小皿にプチプチと出していた僕にそっちはどーよ?と話を振ってくる。
「まぁまぁだよ」
僕は小皿の中の枝豆をつまみ、そう答えた。
彼_小畑久志_はこれ以上の言葉を僕に求めはしない。
まぁまぁ、だなんて言いながら、僕の仕事が本当は上手くいっていないことを知っているからだ。
小畑との付き合いは小学生の頃からで学区が同じなだけで、部活が同じなわけでもなく、ただ席がそれなりに近くて、少しづつ話をするようになったのが、切っ掛けだった。
中高も一緒だったけれど、僕たちの道はそこで別れた。
高校に入るとお互いに趣味も違えばそうそう話すことも無くなり、僕は文系の大学に進み、彼は就職したと人伝に聞いた。
これから会うこともないんだろうな、と思っていた矢先、僕らは約70億人いるらしい世界で偶然にも再会したのである。
…と書くと、なんとも運命的な話のようだが、実は小畑は僕のいる大学のすぐ近くの工場で営業をしているらしい。
再会した当初、近場とは言っても片方は社会人で片方は学生だ。
彼と会うのは、決まって夏頃で、互いに1年の報告を、この居酒屋で。
万年懐の寒い僕達は枝豆と、酒が解禁になってからは、冷えたビールを片手にあーでもない、こーでもないと話をするのが、恒例となっていた。
店員さんの「いらっしゃいませ」という威勢のいい掛け声と共にゾロゾロと少しくたびれたスーツやジャケットを脱いでシャツに弛めたネクタイ姿のサラリーマンなんかでいっぱいになってくる。
時間帯的に1杯飲んで帰ろう、という感じだろうか。
寂れた居酒屋の割によく客の入る店だなぁ失礼ながら思う。
小綺麗なスーツの客もいれば、営業なのかクタクタに履き潰した靴を履いている人もいる。
その中で、Tシャツにジーパンなんてラフな格好の僕はなんだか肩身が狭くなってきた気がして、萎縮してしまう。
汗をかいたグラスをじっと見つめた。
ツーっと滴る雫がぽたぽたとテーブルに小さな水たまりを作っていく。
(ああ、この水たまりは僕たちが席を立てば何事も無かったように店員さんに拭き取られてなかったことになるんだ …僕も…そうなりたい「痛っ」)
感傷にひたっていた僕の脛を蹴り飛ばしてきた。
「また別の世界に飛んでたぞ、せんせーは終始物語の創作に忙しくて一般人のお話に興味がございませんのかねぇ??」
「や、やめろよ、先生なんて…僕は鳴かず飛ばずの高校の時にたまたま入った入賞の嬉しさを忘れられず大人になっただけさ。」
僕_曽谷千寿_は自称物書きだ。高校の時に文芸部に所属し、運良くとった賞の快感に酔いしれ、未だに自分は大作を書くのだと夢を見ている。無論、夢で終わらせるつもりはない、のだが創作意欲、とやらに満ち溢れていた高校時代とは打って変わり、今じゃ地元紙に小さな記事を乗せてもらう程度。文系の学部で周りに流されるように国語の教員免許をとってみたりもしたが、対人相手が向いていないという致命的な欠陥が僕にはあった。
人を相手にするとどうも上手く会話ができない。
(小畑と会話が成り立つのがどうにも不思議だ)
今の現状。
大作なんて夢のまた夢。
親にも周りにもそろそろ安定した職をとせっつかれる中、小畑だけが特別腫れ物扱いもせっつくこともせず、「売れたらサインくれよ」なんて会う度に笑ってくれる。
と言っても、お互い学生ではないから、会う頻度はそんなに多くない。
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