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冬の夜の東京の高級住宅街の高台にある豪邸。その奥まった一室に、けたたましい警報ベルの音が響き渡った。
そろいの黒いスーツ姿の男が3人、家の奥から駆け付ける。彼らはある部屋の前で目を疑った。
頑丈な木製の扉の取っ手部分が丸ごと引きちぎられ、廊下に転がっていた。ドアノブには暗証番号を打ち込むためのパネルが付いた鍵も付いていたが、その部分も一緒にドアの板から引きちぎられている。
男たちが腰から特殊警棒を引き抜き、それを構えたまま壊されたドアを開け中に入る。
そこは高価な物品の収納庫のようだった。部屋中の壁や棚に、古今東西の宝石や美術品が保管してある。
部屋の真ん中には、ある人影が隠れる素振りも見せず、仁王立ちになっていた。部屋の灯りをつけた男たちが口々に叫ぶ。
「きさま、何者だ?」
「どこから入った?」
「動くな! 半殺しにされたくなければな」
灯りに照らされた人影は異様な姿をさらした。全身を青黒いレザーの繋ぎの服に包み、男たちの存在など全く意に介さないという感じで、部屋の中を見回している。
男たちが特殊警棒を構えて前に回ると、その男は面をかぶって顔を隠しているのが分かった。金属製のその面は、能などで使われるいわゆる般若の面だった。頭の上、左右に角が突き出している。
3人の男たちは目で合図を交わし、左右と後ろから一斉に面の男に襲いかかった。だが、面の男は助走もつけずに上に跳び上がり、4メートルの高さの天井に届くと空中でくるりと上下に体の向きを変え、天井を蹴って3人の男の一人に体当たりして来た。
その黒服の男はひとたまりもなくドアの外の廊下まで弾き飛ばされ、床に転がったまま、動かなくなった。
後方と右側から残った黒服二人が警棒で殴りつける。だが、面の男はプロレスラーのような巨体の男が渾身の力で振り下ろした警棒を両手の甲で簡単に受け止めた。
面の男が両手を横に払うと、黒服二人はあっけなく部屋の隅に飛ばされた。面の男は部屋の奥の壁際に置いてある日本刀に近づいて行く。
面の男は鞘ごと日本刀をつかみ、刀身を半分ほど抜いて中身を確かめる。服のポケットから黒い滑らかな表面の袋を取り出し、それで日本刀をすっぽり包む。
何事もなかったかのように、悠然と日本刀を持って立ち去ろうとする面の男の側で、のびていたように見えた黒服の一人が突然立ち上がり、スタンガンを面の男の首元に押し当てた。
青い火花が小さく散り、バチバチと小刻みな音が続けて響く。人間を即座に失神させられる威力の電撃。
だが、面の男は身じろぎひとつせず、黒服の男の体を右手一本で軽々と持ち上げ、そのまま天井に放り投げた。黒服の体は直接天井に激突し、それから床に落ちて、動かなくなった。
面の男は服の後ろ側のポケットから、金の延べ板を3枚取り出し、それを床に置き、屋敷の廊下に出る。その屋敷の一角は小高い崖に面していた。
高さ5メートルはあるその崖に向かって、面の男は窓ガラスを突き破って、賭け抜け、ひらりと道路に舞い降り、そのまま闇の中に姿を消した。
騒ぎを聞きつけたその屋敷の主である老人は、収納庫の部屋からあの日本刀が無くなっているのに気づき、声を震わせた。
「なんて事だ! 取引が……2億円の取引が……」
屋敷の周囲には、街灯に照らされた人気のない道路に、ただ冷たい北風が吹き渡っているだけだった。
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