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兵頭教授の自宅は犯人に監視されている可能性があるので、渡たちは教授の自宅に近いホテルの部屋で兵頭夫婦と面会した。
専門的な話は遠山でないと理解できない可能性が高いので、遠山と宮下が兵頭教授と一室で事情を聞き、渡、松田、筒井は隣の部屋で兵頭夫人から話を聞いた。
夫人は居ても立ってもいられないという泣き出しそうな顔で、3人の質問に言葉を詰まらせながら話した。
「上の豊はもうすぐ高校受験なんですが、夫は自分の後を継いで医者になれと言ってたんです。息子はIT系の道に進みたいと言って聞かなくて、もう毎日親子で言い争いをしてました」
渡が紙コップのお茶をすすりながら、さりげない風を装ってさらに訊く。
「ご主人は警察に通報するなとおっしゃったそうですね」
夫人はうんうんと大きくうなずきながら答えた。
「そうなんですよ! 他に当てがあるとか、訳の分からない事を言って。息子の帰りが遅いのは、主人との言い争いが原因かと思ってそれほど心配していなかたんですが、下の娘までが深夜になっても帰って来ないので、さすがに主人を問い詰めたら、誘拐されたと。もう、一体何を考えているんだか、あの人は!」
渡が夫人に同意の意思を示すように大きくうなずきながら言う。
「私も国立大の学者ですので、噂を聞いた事があるのですが、ご主人は一時、米国の大学からスカウトを受けていたそうですね。給与も研究環境も破格の待遇だと聞きましたが、結局断られたとか」
「はい、そういう事がありましたねえ。あの頃は国内では十分な研究予算が与えられなくて、主人も迷ったようですが、運よく莫大な研究資金を提供してくれた所がありまして」
「ほう! それは初耳だ。もし差し支えなければ、その資金提供者の事を教えていただけませんか」
「ちょっとお待ちくださいね。私もその財団の方から名刺を頂戴してたはずなので」
夫人はハンドバッグの中をしばらくごそごそと引っ掻き回し、やがて一枚の名刺を探し当てた。取り出して渡に手渡す。
「なんとも舌を噛みそうな名前の財団法人とかで」
渡は名刺を見ながらその名前を声に出して読み上げる。
「エクナシアナー・レヴォン科学振興基金? 聞いた事もないな。筒井君、君は聞き覚えがあるか?」
渡が名刺を筒井に渡す。筒井も首を傾げた。
「ううん、見た事も聞いた事もないですね。あ、すいません」
それまでなんとなくもじもじとしていた筒井が椅子から立ち上がった。
「ちょっとお手洗いに」
そのままトイレに駆け込んでいく。
「今日はまた冷えるなあ。あたし冷え性だから近くなっちゃうんだよね」
そう独り言を言いながら用を足し、洗面台で手を洗った。濡れた手を拭こうとスーツの上着のポケットからハンカチを取り出すと、一緒にさっきの名刺が出て来て床に落ちそうになった。
「おっと! いけない、これ持って来ちゃった。濡れてないかな」
筒井が両手で名刺の端を持って顔の前にかざす。ふと鏡に目をやった筒井は、大声を上げそうになって、あわてて声を飲み込んだ。急いで名刺をスマホのカメラで撮影し、渡たちがいる部屋に戻り、名刺を夫人に返す。
結局警察がこれまでに聞き出した内容以上の話は出ないまま、兵頭夫妻との面談は終わった。夫妻を送り出した所で、筒井が他の4人を呼び集めた。
「さっき偶然鏡に映った時、気がついたんです」
スマホで撮影した、夫人が持っていた名刺の写真を見せる。そして筒井は部屋に備え付けのメモ用紙でボールペンで何かを書き始めた。
「カタカナの下にアルファベット表記がありますよね、財団の名前の。それを逆に並べると」
スマホの写真の名刺には「Ecnassianer Levon」という表記があった。筒井がメモ用紙に書いたアルファベットの文字列はこうなった。Novel Renaissance。
渡たちが一斉に「アッ!」と声を上げた。渡がメモ用紙を見つめてつぶやいた。
「ノーヴェル・ルネッサンス……兵頭教授の研究資金の出どころは、これか!」
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