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三人が研究室に入ると既に遠山と筒井がそれぞれの席に座っていた。応接スペースのソファに全員で並んで座り、宮下が今回の事件のあらましを改めて説明した。
「今回強奪されたのは、日本刀です。実はこの2か月の間で既に5件、似たような事件が起きていて、目撃者は全てが人間離れした力と動きを持つ、般若の面を被った男が犯人だと証言しています」
宮下がテーブルの上に、これまでに強奪された物品の写真付きリストを広げた。それをのぞき込んだ渡が首を傾げる。
「仏像、絵巻物、茶道の茶碗、日本人形、そして今回が日本刀……日本の美術品とか工芸品ばかりだな」
宮下がうなずいて言う。
「しかも、全てが本来なら国宝か重要文化財に指定されていてもおかしくなかった、極めて文化価値の高い物ばかりなんです」
遠山が宮下の言い方に眉をピクリと反応させた。
「本来ならと言ったかい? という事は指定されていなかった?」
宮下がうなずき、筒井が手帳を開いて後を続けた。
「文化庁に話を聞きに行ってきました。所有者が存在を文化庁に意図的に知らせないケースが結構あるようですね」
渡が首を傾げて訊く。
「なぜ申請しない? 価値があるというお墨付きになるはずだろう?」
「そうなんですが、重要文化財に指定されると売却などの際に政府への届け出が必要になる場合があります。国宝だと国外への売却はほぼ不可能になりますし、相続税の課税対象にもなりますから、そういうのを嫌って所有者がわざと申請しないケースは思ったより多いみたいですね」
遠山が天井の方へ視線をやってつぶやく。
「相続税か。今回の日本刀はどれぐらいの価値があったんだ?」
筒井が手帳を見ながら答えた。
「もし骨董品市場で売った場合、約2億円の値段がつくそうです」
他の4人が一斉にため息をつく。松田が目を見張ったまま言う。
「自分のような庶民には一生縁のない金額ですね。じゃあ、あの屋敷の所有者は2億円損したわけですか?」
宮下が右の人差し指を自分の額に当てて言う。
「それがおかしな点がもう一つあるんです。犯行現場には必ず、奪われた物品の市場価値とほぼ同額の価値の金塊が置かれているんです。今回の被害者宅にも金の延べ板3枚が残されていました。換金すると約2億円の価値になる量だそうです」
筒井が身を乗り出して宮下に訊いた。
「え? じゃあ、被害者は日本刀を強奪されたけど、金銭的に損はしていない事になるんですか?」
宮下がためらいがちに答える。
「その金の延べ板の素性が分からないので警察が一時保管しますが、まあ、最終的には遺失物扱いという事で、被害者に引き渡されるでしょうね」
渡がまたあごひげをしごきながら言う。
「そうなると強奪と言えるのかどうか、だな。何のためにそんな手も込んだ事をする必要があるんだ?」
宮下が言う。
「もう一つ、共通点が。強奪された物品の全てが、近日中に売却される予定だったという事です。今回の日本刀は、3日後にとある中東産油国の富豪に引き渡される事が決まっていました。いずれの物品も海外への売却の直前に強奪されているわけです」
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