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同じ頃、東京六本木の高層マンションの最上階では、白髪の上品そうな老紳士がスーツに身を包み、窓のない部屋の椅子に座っていた。
ドアとは反対側の壁の一部がすっと横にスライドして開き、中世西洋の舞踏会で使われたような、目の部分だけを覆う仮面をつけた人影が現れた。
妙に小柄なその人影はフード付きの黒いマントを羽織っていて、部屋の中が妙に薄暗い事もあって、年恰好の検討がつかない。さらに口元にボイスチェンジャーを当てて老紳士に話しかけた。
「品物をお確かめ下さい」
その人物が片手を降って合図すると、同じく仮面で目元を隠したメイド服の女性が、細長い箱を運んで来て老紳士の前に置き、蓋を外す。
老紳士が下を見つめると、一本の日本刀が収まっている。老紳士は呼吸を荒げ、手を少し震わせながら日本刀をつかみ、鞘から刀身を抜いて端から端までじっと見つめた。
「ま、間違いない! 私の家に伝わる初代村正じゃ! 一体どうやって取り戻したのですか」
さっきの人影が答える。ボイスチェンジャーを使っているため、くぐもった音になっているが、やや甲高い、女性らしきしゃべり方だった。
「それは教えない約束です。それよりも、今後はしっかりと保管して次代に伝えて下さい。甥御さんにこっそり、二束三文で売り飛ばされたりしないように」
「ははっ!」
老紳士は椅子から立ち上がり、床にひざをついてその小さな人影に深々と頭を下げた。
「何とお礼を言ったらいいか。しかし、本当に何の謝礼も要らないのですか? なぜ無償で、これを取り戻していただけたので?」
人影は答える。
「日本の価値ある文化が、海外に売り渡されるのを見過ごせないだけです。お分かりとは思いますが、私たちの事はくれぐれも口外無用に願いますよ」
「分かっております! 墓場まで持っていく、もとよりその所存です」
「では、品物をお持ち帰り下さい。お帰りの車は手配してあります。では、ごきげんよう」
老紳は日本刀を箱に戻し、その箱を大事そうに抱えて、メイド服の女性にうながされて部屋を出る。ドアをくぐる直前に仮面の小さな人影に向かって、まら深々とお辞儀をして行った。
老親が部屋を去り、ドアが閉まると、パッと部屋の照明が明るくなった。小さな人影がマントを外して後ろに放り投げ、仮面を外した。
その下から現れたのは、10歳ぐらいろとおぼしき長い黒髪の少女だった。肌の色などは典型的な日本人のそれだが、両目の瞳だけが澄んだ青色。
少女はやはり仮面を外したメイド服の女性に向かって言う。
「やれやれ、毎回この格好するの何とかならないの? これじゃまるで、悪の秘密結社みたい」
メイド服の女性はクスリともせず、真面目な口調で応えた。
「なにぶん会長の姿をそのまま見せるのもどうか、と思いますので」
少女は壁の隠しドアに向かいながら言う。
「それにしても、金に目がくらんで日本の歴史的な財宝を海外に売り飛ばそうとする日本人がこれほどいるのね。ノーヴェル・ルネッサンスだけで今後も全部防ぎきれるかしら?」
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