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それから3日後、宮下に警視庁公安機動捜査隊から呼び出しがかかった。隊長室で話を聞かされた宮下は困惑の声を上げた。
「誘拐なら捜査1課の担当でしょう? どうして公安に? それも渡研にまで協力要請とは、どういう事ですか?」
隊長は3枚の写真のプリントを机の上に並べた。理知的な印象の中年の男性、10代半ばぐらいの少年、それよりやや年下の少女がそれぞれ映っている。隊長が重々しい口調で言う。
「誘拐されたのはその少年と少女。その男性は彼らの父親だ。誘拐発生が分かったのはその子たちの母親が所轄に連絡してきたからなんだが、父親は警察に通報する事を拒んでいた」
宮下はあきれた顔で腕組みをした。
「それは誘拐犯の常套句でしょうに。今どき真に受ける人がいるんですか」
「そう単純な話でもない。その男性は兵頭教授、国立サイバネティクス研究機構の研究者だ」
「単なる営利目的の誘拐ではないと?」
「所轄の刑事が説得してようやく本当の事情を聞きだした。兵頭教授の研究成果をよこせと犯人は要求してきたそうだ。子どもたちの命と引き換えにな」
「研究成果というのは?」
「人工筋肉の研究だ。筋肉が萎縮する病気、たとえば筋ジストロフィーなどの治療が当初の目的だったが、動物実験の結果、脊椎動物の身体能力を飛躍的に強化できる可能性がある事が分かった。数十倍のレベルにな」
宮下は座っていた椅子から飛び上がり、隊長の机の上に身を乗り出した。
「連続文化財強奪事件の、あの怪人と関係があると?」
隊長は掌を前に突き出して、宮下に落ち着けと伝える仕草を見せた。
「現時点でそれは分からん。兵頭教授が所属しているのは国立の研究機関だ。人体実験をやっているはずはない。考えられるとすれば、あの怪人の話を嗅ぎつけたテロリスト組織が同じ強化改造人間を作り出すために教授からデータを手に入れようとしている、そんなところだな」
宮下は椅子に座り直し、頭を整理しながら言う。
「確かに、それなら渡先生たちの協力が必要になる場面があるかもしれませんね。分かりました、渡研には私から説明します」
隊長室を出て一度、自分のデスクに寄る。隣席の同僚が宮下に声をかけた。
「さっき生活安全課から封筒が届いたぞ。なんとか言うスポーツ選手の資料だそうだが」
「あ、これですね。ありがとうございます」
宮下は大判の封筒をオトートバッグに入れ、渡研の研究室へ向かった。
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