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SIDE:ひな
目の前で光がはじけて、体がふわふわと浮いて、それはまるで。
意識が戻ってきてから、自分が一瞬気を失っていたことに気付いた。
「おかえり」
そんなことを言われて、あたしはハッとなる。さっきからそばにいるはずなのに、思わず首を巡らせてしまう。
「…た、…ただいま」
「気持ち良かった?」
率直な質問に、あたしは思いっきり絶句した。でも、今更照れるなんてことはできなかった。なんだか今は、晃平にはなんで も見せられる気がする。晃平になら、全てを見せても何も怖くない。
「…うん」
あたしが素直に頷いたのに、晃平が少し驚いたような顔をした。
あたしの髪を梳きながら見下ろしてくる晃平を、さっきより近くに感じるのは気のせいだろうか。体の距離の問題じゃ ない。何か、精神的なものが。
「…かわいかったよ」
そう言って微笑する晃平は、こちらが蕩けそうになるほど綺麗だった。
―――あたしが、壁を作ってたのかな。
晃平のキスを受け入れながら、ふいにそんなことを思った。
晃平はもっと、あたしを見つめていてくれたのかもしれない。あたしが思うよりすごく近い場所で。遠くから見下ろさ れて、あたしはいつ彼と同じ場所にいけるんだろうって、ずっと思ってたけど。
彼はいつだってあたしと同じ目線で、あたしと向き合ってくれていたのかもしれない。何がそう思わせるのかわからな いけど、でも今唐突に思った。
心が開放されて、抱えきれなくなっていた気持ちが溢れ出す。愛しさが止まらない。
あたしは腕を晃平の背中に回した。
「もっと近くに…行ってもいい?」
唇を触れさせたまま、晃平が囁く。砂糖でも食べたのかと思うくらい、甘い甘い声。
目を閉じてその声を聴いたあたしの体の芯から腰に、またさっきの痺れみたいな感覚が走った。これをなんと言うかはわから ない。だけど、すごく病みつきになりそうな感覚。
体に力が入らなくて、あたしは浅く頷くことしかできなかった。そんなあたしの額に晃平がキスを落とすと、片脚を支え られた。さっき晃平が触っていた場所に、固い何かが当たる。
びく、とした。
思わず目を開けて晃平を見上げる。
「…力抜いて。怖かったら俺にしがみついてていいから」
「っ、―――あ、…っ」
言いながら、晃平が腰を進めてくる。ゆっくりゆっくり。さっきの指とは全然太さが違うと思って、あたしは咄嗟に 体を固くした。そんなの入らない。怖い…!
「ひな、ひなこっち見て」
俯いていた晃平が、耳元で熱い吐息を触れさせながら囁く。既に息が上がっているあたしは、縋るように晃平 を見上げた。間近でぶつかる、晃平の瞳。
「…だいじょうぶ。俺が、ひなを傷つけるわけないだろう?」
びっくりしてしまうくらい、優しい瞳だった。熱で潤んだ網膜に、あたしが映りこんでいる。あたししか見てい ない、彼の瞳には、今あたししか映っていない。
「俺を、信じて。…体、開いて?」
晃平の声はまるで魔法。その言葉は、さしずめ呪文のよう。
それからあたしの体から力が抜けたのかどうかはわからない。ただいつのまにか怖いという感情はどこかへいってしま って、代わりに晃平への欲望だけが残った。欲しくて、とにかく彼が欲しくて。
「…そう。…いい子だよ、ひな」
そうやって時折子供をあやすような言葉をかける晃平が、また嬉しくて。肯定の言葉がほしくて、あたしの体はどんど ん素直になっていく。
下半身に物凄い圧迫感を感じる。全て入れきったらしい晃平が、小さくため息を漏らした。それさえ、脳髄を簡単に直撃 できるほど色っぽい。
「…わかる? ひな。俺とひな、今一つになってるの」
晃平の背中にしがみついていたあたしの手を、ゆっくりとそこへと導く。人差し指に触れた感触に、思わずび くり、と指を撥ねさせた。
クス、と晃平が、眉尻を下げて笑った。
「びっくりした?」
「…あ、う、うん…なんか、…」
でもそれ以上に嬉しい。
晃平が、あたしをどれだけ大切に愛してくれているか、すごくわかるから。
<こんなことしないでしょ?>
きっと晃平は、あたしだからこんなことを言ってくれる。こうやって確かめさせてくれる。晃平がこんなことをしてく れるのは、全てあたしだから。だから、凄く嬉しい。
撥ねさせた指を、もう一度そこへと触れさせる。自分の体の中へ入って繋がっている、晃平のそれ。さっきとは別物のように 形も大きさも全然違うけれど、怖くなかった。
なぜか涙が出てきた。
「…なんで泣くの?」
だけど晃平は驚かなかった。柔らかく舌で涙を舐めて、両腕であたしの上半身を抱き締めた。
「だ、…って…」
言葉にならないほどのこの気持ちは、どう彼に伝えればいい?
堪え切れなくて、あたしは晃平を思いっきり抱き締めた。もう一ミリも離れていたくない。ずっとずっとこうしていてほし い。いっそのこと晃平の一部になってしまいたい。
抱き締めあったまま、晃平が腰をゆっくりと動かし始めた。じわじわと湧き上がる熱い感覚に、自然とため息が こぼれる。抜いては、また挿し込み。最初に入れた時は凄く入れにくそうだったのに、今は難なくスムーズに挿入 を繰り返している。
やがて晃平があたしから体を離し、ベッドに片手をついた。腰の動きが深くなる。テンポも。
「う、んっ…は、…っあっ」
晃平の突き上げに合わせて、むき出しの胸が揺れる。時折それに、晃平が噛み付いてきた。狼みたいな晃平の仕 草に反応して、体の奥がじんじんする。
「ひ…な、キツ…イ」
いつの間にか秒刻みより早いテンポで揺らされて、あたしがさっき突かれて意識が飛んだポイントを、息つく間もなく刺激する。
「や、ちょっと…っあ、あぁっ! ダメ、またイッ…」
言葉も満足に紡げなくて、でも晃平は多分聞いてない。晃平の体とあたしの体がぶつかって、小さく音を立てた。
「―――もう、イッちゃうの?」
耳元で、息を荒くしながら囁かれる。どこか笑いを含んだ口調で。
「~~~っ、だ、だっ…て、あっ、…あ、っ」
「…そんなに、締め付けないで…ひな」
そんなこと言われたって、そんなところの調節の仕方なんて知らない。
晃平がそんな声でからかうから悪い。だけど、晃平はわざとあたしを煽ってる。朦朧となる意識のどこかで思う。
もう見ないように目を閉じて唇を噛んでいると、晃平のひとさし指が唇から侵入してくる。
「もっと喘いでよ。…俺の耳を犯して」
<~~~な、なんなの…!?>
くらっ、と目の前が一回転した。
もう何も考えられない。目の前の晃平の妖艶な微笑も、腰砕けな言葉を囁く声も、体の奥に与えられ続ける津波 のような激しい刺激も、全部あたしの頭を真っ白にさせる。
「…ひな、俺の名前呼んで」
「っ、ん、…こう、…へい、あっ」
「もっと。…ずっと呼んでて」
唇は晃平、という形に動いても、声が出ない。代わりに飛び出る、意味を成さない喘ぎ声。
腰の動きを更に速くした晃平が、いきなりあたしの一番弱いところを触ってきた。揺さぶられているだけだった体が、 ビクン!と撥ねた。
「や、あっ、あっ…晃平…っ―――ダメ、ほんとに…ぃっ」
くちゅ、と濡れた音が、お互いの肌がぶつかる音に重なるように耳に届く。
あたしは唇を噛んで、目をつぶった。晃平の背中に、痕が残るほど強く爪を立てた。―――もう、無理。
「あぁっ、あ、あ、あっ…―――!」
再び目の前で突然弾けた、白い光。
電流みたいな痺れがその後にやってきて、晃平が突き上げてる体の奥から脳天へと突き抜けた。
しばらくして晃平があたしに覆いかぶさってきたのに、我に返った。
「………」
何と言ったらいいのかわからない。
頭の中から、言葉という概念がどこかへ吹っ飛んでしまっていた。
なんにも残ってない。すっからかんだ。
さっきので、あたしが生まれてからずっと抱えてきた色んな素の自分を、全てさらけ出した気分だった。
「…すっごい、最高」
晃平が思ったままを口にする。子供みたいな口調に、あたしは小さく笑った。
体にかかってくる晃平の重みが、愛しい。
優しく強く抱き締めて、この胸に満ちる温かさを伝えたいと思う。
いとおしむ、とは、こういうことなのかもしれない。
お母さんからもおじいちゃんからも感じたことのない、不思議な気持ち。
「…もうこの距離から離れるなよ」
汗ばんだ晃平のこめかみにキスをしたあたしに、晃平が呟いた。
「ずっと俺の腕の届くところにいて」
晃平の腕が、ふわりとあたしの肩を包んだ。その腕が数十分前とは別物のように感じる。
ずっと温かくて、ずっと優しくて、ずっと愛しさに溢れている。凄く近くに、晃平がいる。
また涙が出てきて、あたしは晃平の胸に顔を埋めた。こんなに近くに。ずっとずっと好きだった人が、あたしを好き だって言って、こうして愛して抱き締めてくれている。夢にまで見た、大好きな彼の腕。
これをただの幸せと呼ぶには、余りにも。
「―――愛してるよ」
そう、彼とならあたしは、天国や楽園よりも、ずっと遠くへ。
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