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男は生まれたままの姿で、左手の親指にできた「ささくれ」をビデオカメラの前で見つめている。
何かを呟いた後、男はそれをめくり始めた。
そんなことをしても悪化するだけだと知ってはいたが、男は現状から逃れるためにささくれをめくった。
通常なら2ミリほどめくれば皮は切れ、赤みがかった皮膚が露呈するだけだ。
しかし男がつまむ、ささくれは既に10センチの長さに達し、指どころではなく腕の部分まで皮が剥け、一本のラインができていた。
1ミリ剥くたびに、先鋭化された痛みを感じる。
その痛みに耐えながら、さらに皮を剥がしていき、やがてそれは肩にまで達した。
指の先端から肩まで、か細い線が男に刻まれていた。
そして、次は首筋、頭頂部、反対側の首筋、肩、腕から脇、横っ腹、大腿部、足の裏、内股、もう一方の内股、足の裏、大腿部、横っ腹、脇から腕というように、男の体の輪郭をなぞるように細い皮が剥けていった。
そして、左親指の腹を通り始点まで、皮が一周し、めくれきったそれは男の輪郭上から離れた。
そして輪郭に沿った淡い赤色のラインは、皮が離れた途端、黒い溝となった。
次に男は手の甲にある溝に爪を入れた。
溝をほじくり、徐々に広げていく。
当初は爪しか入らなかった溝が段々と大きくなり、指が入るほどの幅ができた。
男はそれを体全体の溝に施した。
黒に侵食された体をまじまじと見つめた後
男はその黒い内側を外側に持ってこようとし始めた。
自分の体を裏返そうとしているのである。
そうすることで、自身の内面を露呈させようとした。
内面を外面に持ってきて、それを録画することで内面の姿を捉えようとした。
順調に作業は進んでいった。
集中しているせいかは分からないが、段々と自分という感覚がなくなってきた。
内なる自分と外なる自分、それを反転させようとしているのだから、感覚に関する弊害が発生するのは想定済みだった。
男は自分のことを知りたかったのだ。
自分にしか分からないはずなのに、分からない内面を映像を通して客観的に分かろうとした。
中々裏返すことができず苦心しているとき、問題が起こった。
床に放置していた、細い線のような皮がこちらへじりじりと近づいてきたのである。
皮は元いた場所へと戻ろうとしていた。
だからまだ途中なんだよ、その思いで男は皮を睨みつけた。
しかし、そのようなことをしても意味がないので、男は無視して作業を再開した。
その時
皮は一瞬のうちに男の足元にまとわりつき、溝にはまり始めた。
黒い溝は、皮がジッパーのように締められていくことで一瞬で消え去っていく。
男はまとわりつく皮の侵攻を止めようとしたが、なす術もなく閉じられていくしかなかった。
すべての溝がなくなり、ささくれを剥き始める前と同じ身体状況となった男は、
またやり直しか
そう呟き、ささくれを再び剥き始めた。
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