13、運命の人

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13、運命の人

 夕日に包まれた校舎。  祭りのフィナーレとなる三年生の劇は、今年も立ち見が出るという大盛況の中で幕が開いた。  直前まで模擬店のチェックに走っていた龍崎とは、結局本番が始まってもまだ会えなかった。  舞台裏はとにかく人がたくさん入り混じってバタバタと走っていたし、遅れて登場する龍崎と俺は別の場所で待機することになっていた。  劇はまずシンデレラの幼少期から始まった。  幼い頃から元気いっぱいの少女は、灰をかぶって走り回って遊ぶ姿からシンデレラと呼ばれた。  町一番の美少女で愛らしいシンデレラは、誰からも愛されて大きくなった。  みんなはシンデレラに優しかったが、一人だけ厳しい態度だったのが幼馴染のイアン。  シンデレラのことをいつも口うるさく叱っていて、周りから見ると仲の悪い二人に見えた。  しかし本当は愛されているが故に、わがままになったり、無知で人を傷つけてしまうシンデレラのことを、イアンはダメだと怒ってくれていた。  二人の関係が変わったのはシンデレラの母親が亡くなってから。  周りの人はお悔やみの言葉をくれたが、いつも口うるさかったイアンは一緒に泣いてくれた。  その時シンデレラは自分を本当に思っていてくれたのはイアンだと気がついた。  すぐに二人は愛し合うようになったが、シンデレラは下位ではあるが貴族の娘。  父親は爵位のある男性としか結婚は許さないと常々口にしていて、平民のイアンとの交際は反対されることは明らかだった。  二人は秘密に逢瀬を重ねて付き合っていた。  しかし国の情勢が変わり、イアンは平民兵として戦地に行くことになってしまう。  平民兵士は最前線に送られる。過酷な環境のため生きて帰る者は少ないと言われていた。  シンデレラとイアンは今生の別れをする。  ここまでが一幕だった。  一幕が終わり、俺は舞台に出るために待機場所を出た。  龍崎の指示でドレスやメイクに手が入れられた。  俺が着る衣装はニ着。普段のドレスと舞踏会用のドレス。  どちらも強い性格を表すような毒々しいものだったが、大幅に変えられてシンプルだが柔らかい印象のドレスになった。  しかしやっぱり動きづらいドレスなんて着るもんじゃない。  慣れなくて転びそうになりながら裾を持って廊下を走っていたら、後ろから声をかけられた。 「倉橋くん」  振り返るとちょうど部屋から出てきた龍崎がいた。  着替えが終わったところなのか、完璧な王子様が微笑んで立っていて、眩しくて思わず目を細めた。 「龍崎、……なんか久しぶりな感じがする。そっちは生徒会の方もあって大変だっただろう」 「うん、でももうほとんど後輩に引き継いだから。早く……倉橋くんに会いたかった……」  今までだったら変なことを言うなと返してしまいそうだが、先ほどの比奈川達の話を聞いたから、軽く受け取ることができなかった。 「………俺も」  真っ赤になって頷いた俺の変化に龍崎も驚いた様子だった。 「なんか……今日違う。どうしたの?」 「べ……別に……」 「やば……素直な倉橋くん、可愛すぎる。本番前に俺を骨抜きにしないでよ」  だんだん恥ずかしくなって、いつもの調子で返すべきかと顔を上げたら、すぐ近くに来ていた龍崎にガバッと抱きしめられた。 「可愛い可愛い可愛い」 「だっ…龍崎、いたくすぐったい」 「実は、倉橋くんに言うことがあったんだ」  やけに真剣な声がして顔を上げたら、同じく真剣な表情をした龍崎と目が合った。  心臓がドクドクと鳴り始めてどんどん速くなっていく。  龍崎から聞いた俺を探していたという話。  比奈川から聞いた運命の番の話。  期待しちゃいけない。  何度も頭の中で繰り返していたが、どうしても期待が溢れてきて止まらない。  もしかして言ってくれるのかもしれない。  探していた運命の番は俺だと…… 「倉橋くん、君に渡した最終版の台本なんだけど変更があったから」 「………は?」 「詳しく言うと、舞踏会後のシーンからラストだね。ドリゼラの台詞はアドリブでいってもらえば、大丈夫だと思う」 「……だ、大丈夫ってなんだよ!? 今から俺、本番だぞ! 変更って? みんな知ってるのか? おおお俺どうしたらっっ」  パニックになって慌てだす俺を宥めながら龍崎は大丈夫、心配ないと繰り返した。 「全部俺がリードするからね。それと、俺は本当の気持ちを話すから、倉橋くんも自分の気持ちで答えてね」 「ああ!? もっと訳わかんないこと言うな!」  いってらっしゃいと笑った龍崎にぽんと背中を押された。  何考えているのか分からないやつだと思っていたけど、それをこんなところで証明してくれなくてもいい。  二幕始まるよーの声が聞こえて、とにかく行くしかなかった。  俺は一人で大汗かきながら周りを見渡したが、誰一人焦っている様子のやつはいなかった。  やはり、変更は俺だけ秘密にされていたらしい。  どういうことなのか、さっぱり分からなかった。  二幕が始まったが、順調にそれぞれ演技をこなして進んでいた。  みんなで作り上げてきた集大成だ。  龍崎から開始前に爆弾を落とされて心は走って逃げ回っていたが、俺がミスをするわけにいかない。  とにかく渡されていた台本通りに良い義姉のドリゼラとして、シンデレラを温かく見守るという位置で演じ続けた。  シンデレラのドレスや馬車代を稼ぐために、ドリゼラは腕まくりして木材を運んで、大工として働く。その姿をコミカルに演じると、どっと笑いが起こった。  ネズミに驚いて親方の足を踏んで怒られるとか、本当マジで誰が考えたのかよというシーンだが、長い劇の中でこういうのも必要なんだろうなと思いながら、お笑い担当としての役は全うした。  シンデレラをお城の舞踏会に送り出して二幕は終わる。  三幕に入り、お城の舞踏会の場面が始まるといよいよ龍崎の登場だ。  もともと王子様と呼ばれてた男がそのまま王子様になっただけなのだが、龍崎が登場すると講堂内は割れんばかり拍手と歓声に包まれた。  そして一番の見せ場である比奈川とのダンスが始まると、音楽に合わせて舞台上を回転しながら二人はくるくると華麗に踊った。  美しすぎる二人のダンスに観客全員が酔いしれた。踊り終わった時は立ち上がって拍手する人までいた。なんとなくシルエットが恭弥っぽかったのは気のせいだろう。  そしてやっと龍崎が予告した舞踏会の後まで劇は進んだ。  当初俺がもらっていた最終版では、王子はシンデレラの靴を家来に渡して探すように命じる。  家来がこの靴にピッタリ合う足の持ち主を探していますと言って、町中の家を回り一人一人靴を履かせてシンデレラを探し出す。  そうしてシンデレラの足に靴がはまって、シンデレラは再びお城に呼ばれる。  王子から熱烈な愛の告白を受けて、シンデレラはイアンのことを心に秘めながらも結婚することを決意する。  魔女のくれたラッキーアイテムのおかげで、シンデレラは幸せになることができました。  という内容だった。  確かにこれだけ内容を変えたにしては、ラストが原作と同じというのが引っかかったが、そういうものかと思っていた。  それがどう変わるのか、演じながらいったいどう反応すればいいのか、頭が真っ白な状態で俺は舞台に立っていた。 「それでは、お嬢様方。こちらの靴に足を入れてください」  家来役の男がサッと靴を取り出した。  ふわふわのクッションの上に置かれたガラスの靴。  原作では姉達が競うように足を入れてハマらないと大騒ぎするが、今回はシンデレラがすぐに足を入れて終わりだ。  シンデレラ役の比奈川がスッと足を入れた。  はずだった。 「すみませーん、足が入りません」 「おお、では貴女は残念ですが、違うと……」  家来が手を挙げてオーバーなリアクションをしたのを、俺は信じられないという目で見ていた。 「では、次は貴女です。ええ…と、長女のドリゼラさんですね」 「はあ!? ……あっ、え? わ…私!?」 「そうです! さあ、こちらへ」 「お義姉様、早くここへ足を入れてください」  恐れていた新展開が来てしまった。  しかも俺がやるなんて、大丈夫だなんて、全然大丈夫じゃないじゃないかー!  もたもたしていたら、シンデレラに結構な力で掴まれて、ドレスひん剥かれて勝手に靴を履かされてしまった。 「まあ、お義姉様、足がピッタリですわー」 「おおっ、では、貴女が王子様が探しておられた一目惚れの女性ですな」 「え? は?」 「お姉様! おめでとうございます。さぁ、お城に行きましょう」  次女役の女の子が飛び上がって喜ぶ演技をして俺の背中をぐいぐい押してきた。  そこで暗転して予定通り次のお城のセットに変わってしまった。  呆然として俺が立ち尽くしている間に、バタバタと周りの人が入れ替わって、俺の目の前には龍崎がやって来た。  本当にこれでいいのか。  絶対おかしいだろうと思いながら、暗闇の中で龍崎の表情を読み取ろうと必死だった。  そうこうしている間にパッと照明が付いて舞台は明るくなってしまった。 「ああ、良かった。やはり貴女だ。私が探していたのは貴女です。今度はどうか、お名前を教えていただけませんか?」 「……ドリゼラ・トレメインと申します」 「美しい名前ですね。あの舞踏会で優しげな瞳で私のダンスを見ていた貴女を見て、恋に落ちてしまいました」  もう何も頭が回らない。  台詞なんて出てくるはずがない。  死にそうな目で龍崎を見ると龍崎はクスリと笑った。 「寂しい」 「え?」 「寂しいと、思ったことが一度もありませんでした。子供の頃から檻の中のような環境で生きてきて、そこから抜け出すことばかり考えてきました。全ての感覚が苦しくて、これが一生続くのかと思うと、何もかも全て壊してしまいたい。私にとって周りは全て敵でした」  これは王子の言葉ではない。  俺はすぐにそれに気がついた。  本当の気持ちを話す、その意味をようやく理解した。 「苦しくてたまらなくて、悲鳴を上げていた私の前に、貴女は現れた。優しく背中を撫でてくれて、優しい言葉をかけてくれた。その一つ一つが汚れきった私を浄化してくれた。そして貴女の匂いを嗅いだ時、貴女こそ私の運命の相手であると分かったのです。ずっと…ずっと、貴女を探していました。貴女にもう一度会えたら、今度こそ必ず……もう離さないと……。貴女に会えない時間が全部寂しいのです。私にその幸せな感情を教えてくれたのは、貴女です」  一目会っただけの女性に、王子がこんなことを言うのなんておかしい。  観客席はシーンと静まり返って、何が起こるのかと見ているようだった。  でももう、観客がどう思うかなんて……  どうでもよかった。  誰も気がつかないと言われた、おかしなフェロモンしかでない俺のことをこの世で唯一見つけてくれた人。  この人が運命だったら、俺を好きになってくれたら、何度考えたか分からない。  これは本当の愛の告白だ。  こんなところで、台本まで変えて……みんなを巻き込んで……、ロマンティックじゃすまされない。  なんてバカなやつなんだ。  変でバカでロマンティックが過ぎる男だ。  だけど俺は好きになってしまった。  みんなが見ている中なのに、涙を流して震えるほど、龍崎のことが好きだ。  寂しい感情が幸せだなんて思えるなんて、どれほど辛い思いをして生きてきたのだろう。  ぼろぼろと泣きながら鼻水を流している俺を見て、龍崎は嬉しそうに頬を染めて笑った。 「まだ知り合ったばかりですが、貴女には私のことをもっと知って欲しいし、貴女のことも知りたい。どうか、私の愛を受け入れてくれますか?」  龍崎が手を広げた。  まったくこの男は何を考えているのかさっぱり分からない。  けど  俺を好きなんだなっていうのはやっと分かった。 「ここで、嫌だって言ったらどうするおつもりですか?」 「うー…ん、考えていませんでしたが、蓬莱の玉の枝でも持ってきましょうか?」 「ばか、話が違うだろ」  ぷっと噴き出した俺は龍崎に向かって一歩踏み出した後、勢いよく走って飛び付いた。  俺を抱きとめた龍崎はぐるぐると回してから、ぎゅっと強く抱きしめてきた。 「好きだよ、愛してる。実誠」  耳元でそう囁いた後、龍崎は俺の唇に自分の唇を重ねた。  もうすでに頭は空っぽで何も考えられなかったけれど、いよいよパンクして力が抜けてしまった。  観客席は静まり返っていたが、全員一緒に我に返ったように、キャーーとかギャーーっという声が響き渡って、すぐに大歓声と拍手に包まれた。  劇はこの後。  次女がちゃっかりお城の騎士をゲットしたところで軽く笑いが起きた後、戦地に行っていたイアンが、片腕を失いながらもシンデレラの元に帰ってきて抱き合うという感動のラストになった。  □□□
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