16、運命は、いまここに

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16、運命は、いまここに

 喉を通っていく冷たい水が心地いい。  枯れていた大地が潤うように、体の中に染みていった。 「大丈夫? 声出そう?」 「ぅ……うん、じ…かん、どれくらい?」 「……ん、一日ずっとしてたから、連休で良かったね」  そんなに時間が経ってしまったのかと、俺はカーテンの隙間から溢れてくる日差しをぼんやりと眺めた。  ほんのり赤く見えるから、今は夕方なのかもしれない。  ベッドから体を起こして、龍崎からもらったペットボトルの水を飲んだら、ぼやけていた頭もだいぶスッキリしてきた。  龍崎は部屋着に着替えていて、俺も着せてもらったのか龍崎のシャツを着ていた。  確か制服を着ていたはずだが、きっと汚れてしまったのだろう。 「三時間くらい前に、薬を飲ませたから、それが効いてきたのかな。ようやく強い発情が抜けたみたいだね」 「ごめ……、俺、普段こんなんじゃなくて、いつも微熱が出るくらいで……」 「それは……あれかな。俺のせい? 運命の番に会ったから、抑えていた発情がちゃんと来たんだよ」 「運命の番……」  龍崎は優しく微笑んで俺の頬を撫でてきた。  その言葉にトクンと心臓が動かされる。  まだ実感は湧かないが、確かにその相手が龍崎だということは、うまく説明できないけど分かる。  他の人のことなんて考えられないし、ずっと龍崎の顔を見ていたい。  四六時中、匂いを嗅ぎたくてたまらない。  強い力で引き寄せられている、そう感じる。  でも、それに気がつく以前から、俺は龍崎のことが好きだった。  何か力が働いたからかもしれないが、今はそんなことはどうでもいい。  龍崎と繋がっていたい……、体に残っている熱はまだ冷めそうになかった。  龍崎はベッドに入ってきて俺の横に寝転んだ。  そんな動作を見るだけでドキドキしてしまう。こんなキラキラした男が俺の隣にいるなんて、今でも信じられない。  ここまで来たならちゃんと話そうと思って、俺は自分の話をすることにした。 「そうか……、ご両親の離婚。それが精神的なショックだったんだね。それで、運命の番を求めて……」  俺の話を龍崎は体を起こして隣に座って、頷きながらしっかり聞いてくれた。  ときおり切なそうに目を細めて俺の手を握ってくれたので、悲しい話もすんなりと喉から出すことができた。 「母さんがとかじゃなくて、俺が勝手に運命じゃなきゃとか思ってしまって……、ずっとそれに固執してきたというか……。でも母さんの幸せを否定しているみたいで……」 「それが……、その言葉が幼い頃の実誠を支えたのなら、なんだっていいじゃないか。否定しているわけじゃない。大切な人に傷ついて欲しくない、そう思うことは何も悪くない」 「……龍崎」 「特別な繋がりなんてあってもなくても、その人と生きていきたい、そう思える相手に出会えたなら、それは幸せなんだと思う」  龍崎が優しい目をして微笑んできた。  ぎゅっと繋がれた手に心まで温められる。  運命の繋がりではなく、もし別の出会い方をしていたら、俺は龍崎に恋をしていただろうか。  それは分からない。  龍崎はあまりにも眩しすぎる人だから。  でも、確かなものはこの手の温もりだ。  何もなくてもいい。  この温かさがあれば生きていける。  この温かさを龍崎も感じているのだろうか。  俺はずっと気になっていたことを切り出すことにした。 「あ…のさ、告白してくれた時、寂しいことが幸せだって言ってただろう。あれが……どういうことなのか気になってて……」  俺の言葉にわずかに息を呑んだ龍崎は、少し目を伏せながらぽつりぽつりと自分の話をしてくれた。 「うちは今では時代にそぐわない、アルファの選民意識の塊みたいな家だった。両親もそう育てられてきたから仕方ないのかもしれないが、優秀な子こそ全てを享受できるという考えだった。常に比べられて劣っていると怒鳴られて、上手くいけば当たり前、ミスをしたらお前は偽物だと罵られた。ある日感覚が過敏になり過ぎて倒れて病院へ運ばれた。医師はすぐに症状を抑える治療をしようと提案してくれたけど、両親は拒否した。確かに副作用があるものだったけど、薬はアルファの力を損なうと考えたんだ。そんなもの我慢すればいい、龍崎のアルファならできるはず。そう言われた」  事情は恭弥から少し聞いていたが、やはり思った以上にひどい環境だった。  両親の期待に応えようと必死に我慢する幼い龍崎を想像したら、胸が痛んで苦しくなった。 「一番上の兄は無関心、恭弥は家を出ていたし、周りは針のような目で見てくるやつらばかり。殺伐とした世界で、感情を剥き出しにして争っても意味がないと分かった。感情を消して大人しく従うようにすればなんでも無難にやり過ごせると悟ったんだ。でも現実は辛くて辛くて……誰も助けてくれなくて……」  聞いていられなくて俺は龍崎を横から抱きしめた。大丈夫だよと安心させるように笑ってくる龍崎が余計に痛々しく思えて涙が流れてしまった。 「支配の檻から逃げ出したい。そう思うばかりの日々だったから、寂しいという感情を感じたことがなかった。ずっと不思議だった、本やテレビに出てくる人は、なぜ寂しいと言うのか。寂しいが描かれる時は、ひどく後ろ向きの感情で、決していいものではない。だから、俺は知らなくてもいいとそう思ってきた」  確かに龍崎の言う通り、ネガティブな感情だ。憧れるようないいものではないし、寂しくて辛いというのが気持ちとしてセットになっているような気がした。 「あの日、両親に怒鳴られて俺は家を出た。行く当てもなく歩いていたら漂ってきた臭いに耐えきれずに動けなくなった。そうなると発作のような症状が出て、目眩と吐き気で頭が割れそうなくらい痛くなる。苦しんでいた俺の横に誰かが座った時、放っておいてくれ、よけいに苦しくなるから早く消えてくれと願った」  店先の路地に座り込んだ幼き日の龍崎を思い出した。うずくまって小さくなって震えていた。  周りの人も声はかけるが反応がないので、困った顔になって離れて行った。  苦しそうだよ、大丈夫?  俺もそうやって声をかけた気がする。  肩に置いた手をパシンと振り払われて一度は怯んだが、助けたいと思って隣に座った。 「苦しくてたまらなかったのに、その子が背中を撫でてくれた時、激しい吐き気が引いていくのを感じた。大丈夫だよと耳元で優しい声がしたら、頭の痛みもいつの間にか消えていた……、ああ、やっと天使が来てくれたんだと思った。俺を苦しみから救い出してくれた。そう思って顔を上げたら……もうその子はいなかった。強烈なフェロモンの匂いだけを残して……」 「あ…あの時、俺……初めて発情しちゃって……怖くなって逃げ出したんだ。そうか……どうしてあの時って思っていたけど、龍崎と出会っていたからなんだな」  龍崎はそうだよと言って俺の頬にキスをした。溢れた涙の粒を吸い取るように、頬から口へとキスを落としていく。 「それから、あの、背中を撫でてくれた優しい手の温もりが忘れられなかった。考えるだけで胸が痛んで苦しくなった。その時俺は初めてこの感情が寂しい、というものだと分かった。寂しいと思うのは、誰かの温もりを知っているからだということも……。それは、俺にとって、苦しいだけじゃなくて、幸せな感情だった。だから、それを俺に与えてくれたのは……実誠なんだよ」 「そ…それなら、探していたのは匂い、なんだろう。実際会って後悔しなかったか? だって俺、パッとしないし、何も秀でたところもなくて……」 「全然。実誠を知れば知るほど、やっぱり探していた人だって好きになったよ。優しくて可愛くて、ちょっとヌケてたり、料理上手だったり、家族思いだったり、お人好しで断れなくてでも頼まれたことも一生懸命やるところも……全部好きで全部愛おしいと思った」 「お…俺が聞いておいてなんだけど…そんな真顔で…褒めてくるなんて……心臓が……」  褒められ慣れてない人を褒めるもんじゃない。  俺は真っ赤になって心臓が飛び出しそうなくらい揺れてしまった。  こんなに褒めてもらって嬉しいが、龍崎の中でちょっと美化されすぎな気がする。  素直に受け取っていいのか分からなくて、まともに顔を上げられなくなった。 「実誠が運命にこだわってくれて俺としては良かったんだよ。だって他のやつが来ても見向きもしなかっただろうし、全部俺が初めてだと思ったら嬉しくて嬉しくて」  またもや龍崎は重い石を乗せてくれる。  この男には俺のことがいったいどう見えているのか、普通の感覚で考えてはいけないと思った。 「あのさ、お…お前、ちょっと感覚がおかしいって。俺、そんな言われるほどというか、全然モテないよ。見向きどころか、誰からも好意なんて寄せられたこともないし……むしろ、いつも揶揄われるくらいの存在で……」 「それでいい。誰も気づかないでいい。俺だけが実誠の可愛いところを知っていて、俺だけに見せてくれるなら、それが一番いい」 「あっ……、龍崎……ま…た……」  龍崎の手が伸びてきて、俺のアソコに触れた。揉み込むように触れられたら、一気に力が抜けてしまう。 「というか、冗談じゃない。実誠はもう俺だけのものなんだから、勝手に可愛いとか思われると不快だよ。愛でていいのは俺だけ、そうでしょう?」 「んっ……ふっんんっ…う…うん」  龍崎に触れられたらすぐに熱くなってソコは形を変えてしまった。  シャツの間から頭を覗かせて、龍崎に擦られるだけでトロリと溢れ出した。  昨日から数えきれないくらい達しているはずなのに、まだまだ、足りないと思えてしまうのは発情のせいなのか、俺が欲しくてたまらないからなのか。どちらでもあるのか。 「可愛い……すぐにトロけた顔になるよね。そんなところも知ってるのは俺だけ……。好きだよ、実誠。どこまで喜ばせてくれるの?」 「あ…あっ、あっ、あ、あ…だって……好き……だから……あっあっ、そこ…気持ちいい……そんな……こすった……ら、イっちゃ……」 「好きなだけイっていいよ。実誠の気持ち良さそうな顔を見るのが好き。それだけ、ずっと見ていたい」 「ああっ…んんっ、お…俺、ばっかり……」 「じゃあ、一緒に気持ち良くなる?」  一人で乱れるのが恥ずかしくて頭をコクコクと動かして頷くと、龍崎は俺の後ろに手を回して後孔に指を入れてきた。  シャツ一枚しか羽織っていないので、前も後ろも簡単に侵入を許してしまう。なんて格好なんだと恥ずかしくなった。 「あ……あっっ……」  まるでそこがスイッチになっているみたいに、ぶわっとフェロモンが出てきてしまった。  つぷんと中に挿入った指はすぐにいいところを探し当てて擦ってきたので、俺はゾクゾクと震えて龍崎にしがみついた。  俺の首筋に鼻を寄せて、クンクンと匂いを嗅いだ龍崎は恍惚の表情になった。 「こんなに甘い匂いをさせて……、しかも俺だけしか分からないなんて……ねぇ、またここ、噛んでいい?」  首も噛まれまくっているがネックガードがあるのでとりあえずは守られていた。  その代わり肩は龍崎にガブガブ噛まれて、痕がついていてわずかに痛みがあった。  それでも愛おしそうにペロペロと舐められたら、嫌というより嬉しくてもっともっと欲しくなってしまうのは俺の方だ。 「んっ……いい……いい、噛んで……」  俺をうつ伏せにした龍崎は硬くなったモノを後ろからゆっくり挿入してきた。  すでに何度も受け入れてきたそこは、灼熱のそれをズブズブと喜びの音を上げながら飲み込んだ。  すぐに強烈な快感の波に翻弄される。  ガクガクと揺さぶられながら嬌声を上げて、奥を突かれる度に甘く達してはまた上り詰めていく。  番になるということは、龍崎のフェロモンにしか反応しなくなるということで、俺の場合すでに特異体質がその条件を満たしているので、焦って番う必要はないのかもしれない。  出会ってからは長いけど、まだ二人で歩き出したばかりだ。  いつかその日が来るまで、ゆっくり愛を深めていきたい。 「んっあああっっ」  ガブリと肩口を噛まれて中に注ぎ込まれた。  やっぱりこんな快感を知ってしまったらもう元の俺には戻れないかもしれない。  それでいい。  一歩踏み出して出会った新しい自分。  怖くない。  龍崎が手を広げて待っている。  それなら、どこへだって駆けていけるから。 「ふふふっ」 「実誠? 何を笑ってるの?」  龍崎とベッドに寝転びながら、昔のことを思い出した俺はつい嬉しくて笑ってしまった。 「んー……俺、魔法使いにお願いしたんだ。それが叶ったな……って」  まどろんだ頭にあの日の光景がぼんやりと思い浮かんできた。  あの短冊に書いた願いは消えたわけではない。そっと空に舞い上がって魔法使いに届いた。  子供っぽいと笑われるかもしないが嬉しくて、その話をしようとしたら、俺の顔にぽすっと白いふわふわのものが押しつけられた。 「これのこと? やっぱり実誠は気に入ってくれたんだね」 「へ? あっ……これ」  手に取ってみたら、あの舞台で使った小道具の犬のぬいぐるみだった。  誰かの私物だと聞いていたが、まさか龍崎だったのかと驚いた。  話の設定だが、このぬいぐるみも確かに魔法使いに幸せになる魔法をかけられたのだなとしみじみ眺めてしまった。 「ふふっ、やっぱり実誠に似合う……。舞台の上で実誠がこれを手渡しに来た時、可愛すぎて胸がキュンとしちゃって…、思わずそこもギュンとしそうに……」 「ばっ…っ! おっ…お前、王子様キャラでそういうこと言うなよ! 前から思っていたけど、ちょいちょい変態入るよな」 「えー、別に王子は役だけだし。変態? よく分からないけど、実誠の前では素直なだけだよ」  優秀さを求められてきて、色々隠さないといけない大事な部分が抜けてしまったのかもしれない。  龍崎を見たら、下品なことを平気で言うくせに天使のような顔で微笑んでいるので、俺の方が胸がキュンとしてしまった。 「す…素直なのはいいことだけど……」 「大丈夫、実誠の前だけだよ。実誠の赤くなった顔や甘い匂いを嗅ぐだけで、ここがこうなってあーなって……すぐに実誠をひん剥いて、あーしてこーしたくなって……」 「だーーーーっっ、やめっ、分かった、分かったから、絶対外で言わないでくれーー!」  龍崎は嬉々とした顔で卑猥な言葉を連発して体を寄せてきた。俺は聞いていられなくて脳内変換して耳を塞いだ。 「はっはっははははっ、やっぱり実誠は可愛いな。世界一可愛い」  揶揄われたのだとちょっとムッとしたが、お腹を抱えて笑っている龍崎を見たら何もかもどうでも良くなった。  可愛いと、そうやって言ってくれる人がいるなんて俺は幸せな人間だ。  これからもキュンとして、どきどきするような日々が俺を待っている気がする。  はたして俺が龍崎を翻弄するような日は来るのだろうか……。 「実誠、何考えてるの?」 「……す、好きだなって、龍崎のこと」 「うん、俺も好き」  不意打ちを食らわせようとしたら、間近でキラキラと微笑まれて完全にノックアウトされた。  眩しすぎてクラクラした頭を抱えていたら、ヨイショっと抱えられてまたベッドに寝かされた。 「え?」 「え、じゃない。実誠はすぐ煽ってくるんだから。ムラムラしてまたしたくなっちゃったじゃないか」 「ちょっ…今…何時?」 「んー後で」 「家に…電話…」 「後で」 「後でって…いっ…うっ……まっ……んんぐっっ」  俺の言葉は龍崎の口で塞がれた。  こういう時、強引な龍崎だけど、もしかしたら余裕に見せて実は余裕がないのかもしれない。  そう、もしかしたら龍崎はとっくに俺に翻弄されて…… 「あと五回はヤってから寝よう。明日は学校だけど、二人で遅刻して行こうね」 「は? え? う…嘘だろ、足が腰が…動かな……」 「そうだっ王子様らしく、お姫様抱っこで行こうかな」 「いいっ…ムリーー! そんなのムリーーー!」  自分の閃きに手を叩いて嬉しそうに笑った龍崎に、俺はただやめてくれと叫ぶしかなかった。  しかしそんな声もやがて甘いものに変わって、空が白む頃になっても終わることはなかった。  □おわり□
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