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中一になった年の、夏休み明け。
休み中は修行と評して、たまに訪れていた岩切家を、金田健一は珍しく思いつめた顔で、訪ねていた。
弟子仲間の静の叔母に当たる人の家で、一つ下の少女が養女として引き取られた所だ。
岩切由紀は、三十代の女性で結婚していて、子供が好きで欲しいと思っているが中々恵まれず、そのせいか静の幼馴染の突然の訪問にも気遣いこそすれ、迷惑がる事はない。
外面だけではなく、申し訳なさそうに、由紀は言った。
「御免なさいね。今日は、古谷家でお泊りするって」
「え、明日、平日なのに、ですか?」
思わず驚いた健一に、由紀は顔を曇らせて頷いた。
「心配し過ぎたら、あの子気にして、無理に元気を装うでしょ? だから、詳しくは説明を聞いてないんだけど……」
今日の帰宅途中に、何かあった、と言う事だ。
緊張する健一に、由紀は再び謝る。
「御免ね、こんな心配事を、あなたに言うのも、どうかと思うんだけど……」
「そんな、水臭いですよ。様子見に行ってみます。どちらかと言うと、志門さんの方が、相談しやすいし」
「相談? 珍しい、悩み事か?」
玄関の外の方から、聞き慣れた声が健一の声に返した。
ぎょっとして振り返ると、木刀片手に岩切家の道場の方から歩いてくる、二人の若者がいた。
「え、どうしたんですか、二人とも?」
「どうもしてないぞ」
のんびりと、鏡が答えた。
出会ったころと変わらぬ容姿だ。
性格も全くぶれず、のんびりとした口調の若者の後ろで、蓮が小さく笑った。
「ちと、ストレスのたまる仕事の途中でな、発散させてもらってたんだ」
「へ、へえ」
蓮は、あれから少し成長したらしい。
傍にいる鏡と、もう一人の若者セイの背丈と同じくらいになり、体つきもがっしりとしかし無駄のない肉付きに、成長しつつある。
腰まである黒髪は変わらず長いが、整った顔立ちからは幼さが消えて、大人の男らしさが滲み始めている。
しかし健一は、そんな蓮の背丈も体格も、十三のこの年になるまでで、軽く追い越してしまいそうな勢いで、成長していた。
そのせいか、蓮は最近自分を傍に近づかせない。
だから、近づきすぎないようにおどおどしながら話を聞いていると、蓮は露骨に眉を寄せた。
「あのな、お前がオレよりでかくなっちまったとしても、足切り落とそうとは考えてねえぞ。そうびくつくな」
「オレは蓮に対して、そう思ってるがな」
鏡が、のんびりと混ぜ返す。
セイもそう思っているらしいが、実行できるか今では怪しい。
他の所でならまだしも、腕力や剣筋は蓮に劣っているのだ。
剣筋で何とかできそうな鏡は、背丈よりも声と匂いにげっそりしているらしい。
蓮の足を切り落としたところで、成長がなかったことにはならないのに、二人が本気で考えていそうなところが、少し怖いのである。
「ストレスが溜まるって、子供の護衛とかそんな事ですか?」
「まあな」
尋ねると、曖昧な答えが返る。
具体的な話は聞かないのがルールだと知る健一は、それで納得して岩切家を後にしようとしたが、蓮の一言で固まった。
「学校で、何かあったのか?」
「え、何でですか?」
強張りそうな声を、何とか平常に聞こえるように絞り出したが、それが成功したかは分からない。
「何となくな、難しい顔になってるような気がしたんだが、違うのか?」
「……少し気になる事は、あるんですけど、師匠に頼る程じゃあ……」
「……そうか」
返答に困って絞り出した答えに、蓮はあっさりと納得してくれた。
そんな様子が逆に気になり、つい訊いてしまう。
「難しい仕事、なんですか?」
内容を聞くのはルール違反だが、これくらいなら気にしてもいいだろうと判断した弟子の問いに、若者はあっさりと頷いた。
「オレにとっては、ちと難しい……つうか、気力を使う仕事ってだけだが、まあ、何とかなるだろう」
「そうですか」
珍しく焦燥して見える蓮に頷き、健一は今度こそ岩切家を後にした。
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