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 中学一年の夏の初め、健一は気安く話せる同級生が出来た。 「それは、おめでとうございます」  古谷(ふるや)家でそう話し出した少年に、人のいい笑顔で返したのは、健一よりも三つ年上の少年だった。 「ご友人、とまではいかないのが、健一さんらしいと言うべきか……」  その少年の隣で、健一よりも一つ年下の少女が、小憎らしい事を言うが、その勢いがいつもより弱い。  やはり何かあったのかと、訊きたい気持ちをぐっとこらえ、健一は相談事を片付ける方を優先した。  その同級生の身の回りで、最近事故が多い。 「何か恨みでも買われてるとか、心当たりがあるのか訊いてみたんですけど、そんな事ないって、惚けるんですよ」 「それは……もしかしなくても、あなたと関わりたくないからでは?」  岩切静の意見に、健一は詰まった。  確かに、元気になってからの数年間、友達が欲しくてつい、勢いよく相手に接してしまいがちだ。  だが、今年中学生になったのだからと、その癖を必死で抑えている。  それなのに、関わりたくないと思われるとは、どれだけ付き合いにくいと思われているのだと、健一は沈み込みそうになった。  そんな健一の様子に、年上の少年は少し考えて、問いかける。 「その、何度か起こったと言う事故、どのようなものなのですか?」  物腰も柔らかい古谷志門の問いに、健一は何とか気を取り直しながら答えた。 「車に轢かれそうになったり、上から植木鉢が落ちてきたり……この間なんか、通り魔に刺されそうになったんです」  通り魔の件で、健一とその同級生とは、親しくなったと言ってもいい。  学校の門を出た途端、刃物を振り舞わず大きな男が、下校する生徒たちの群れに飛び込んできたのだ。  がむしゃらに刃物を振り回す男は、逃げる生徒は追わず、門を出たところで立ち竦んだその同級生に、飛び掛かったのだ。 「……ああ、うちの学校の方針に、難癖付けるタイプの人の、短略的な犯行と落ち着いた、あの件ですか」  多少問題のある子供でも、転入試験に受かる頭があれば、例外なく招き入れる方針の学園だ。  中等部と高等部は、そう簡単に転入できない試験になっているそうだが、その事実を知らない地元の人も、多いと聞く。  地元の人は数年前から、義務教育の時期にこの学園に入学させるのが、当然と考えているからだが、多少は理解をしてもらった方が、いいのかもしれない。  十歳くらいから在籍し、試験を免れた健一や静と違い、志門は難問とされる中等部の転入試験に受かり、転入しているのだから、招き入れて損はない人なのだ。  最もこの人の場合、今健一が上がりこんでいる家の主、古谷氏の後継ぎとして育てられ始めたから、周囲からの不満は、ほとんど聞かれないのだが。  静はぼんやりと呟いてから、冷めた目で一つ年上の少年を見た。 「もしや、返り討ちにして警察に突き出したのは、健一さんじゃないですよね?」 「そこまで、咄嗟には動けないっ」  動ければ、確かにぼこぼこにして、警察に引き渡したい気分だったが、我に返った時には、竹刀片手に応戦した先生に、その通り魔は打ちのめされていた。  場合によっては、相手の怪我の責を負わされる事案だが、生徒を守ると言う使命の元では、その不安は微々たるものらしい。 「すごい先生だよな。女の先生なのに、女子の人気を勝ち取ってる理由が、分かった気がする」 「……ああ、望月(もちづき)先生が、撃退して下さったのですか」  志門の担任教師の望月千里(ちさと)は、剣道部の顧問でもある。  頷く志門に、健一が声を潜めながら返す。 「同じ頃に下校してた市原先輩が、つい飛び出そうとしていたのを止めて、先生が飛び込んだ、というのが本当のところみたいです」 「それは……危うい所でしたね、その通り魔の方」  真顔で受ける少年と、市原(なぎ)は同級生だ。  顔見知り程度の間柄だったが、クラスメートとなった後、更に仲良くなりたいと、凪の方のアプローチは激しくなる一方だ。  そんな辟易する事情だけが理由ではなく、志門はつい通り魔の方に同情してしまう。  誰かが凪の事を、『猫の皮を被った鉄球』と称したことがある。  どうやって鉄球に猫の皮を? という突っ込みはさておき、甘い愛らしい容姿と裏腹に、とんでもない怪力を身の内に秘めた少年が、通り魔を撃退していたら、撃退と言う言葉が、白々しくなる惨状となっていたに違いない。  凪の父親は、ノンキャリアながら、着々と昇進している刑事だった。  その実績を無にすることをされては、学園としても、後味が悪いと見える。
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