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 その後すぐに全校集会で、この事件の事も警戒を促す話も耳にしていたが、健一がその場にいたと言うのは、初耳だった。  襲われそうになったのがその同級生だった、と言う事も。 「あれ以来、少しだけ気になって、話す機会を作ってるんですけど、この夏休みの間に、どうやら何度か怪我をしているみたいで……」  その原因が、先に話した事故の数々だった。 「しかも、車の件は轢かれそう、じゃないんです。あいつ、追突されてるんです」  大人しくお茶を啜っていた静が、少しむせた。 「昨日、一緒に下校してたら、突然持ってた鞄を落として、蹲ったんです。びっくりして、近くの病院に運んだら……」  右腕の骨が、折れていた。  駆け付けたその同級生の父親と、健一の叔父が事情を尋ねると、少年は考えながらそう言えば、車に轢かれかけた事があると、答えたのだ。  轢き逃げされたのかっっ。  という父親の叫びは、当然の事だったが、当の息子は首を傾げただけだ。 「車に追突されて、吹っ飛びはしたけど、すぐに動けたし、頭は打たなかったから、大事ないと判断したって……志門さん、そいつ、この春から転入して来たんで、頭は、すげえ良い筈なんです」  噂では、百点満点で試験問題をクリアしたと聞いたほどの、秀才だ。  そんな少年の言葉に、耳を疑う健一の傍で、叔父が溜息を吐いた。 「君が、判断して良い話ではない。前にも言った筈だが、忘れたのか?」 「忘れてはいません。ですが、こんな事で、父を困らせるのはどうかと……」 「こんな事で困らないで、どこで困れと言うんだっ?」  忙しい医者の父親を気にしての、息子の弁に男はつい声を荒げていた。 「もしやその子、金田先生の師匠格の方の息子さん、ですか?」 「そうです」  速瀬(はやせ)(しん)、それがその同級生の名前だ。  色素の薄い髪色の速瀬(りょう)とは違い、黒髪で真面目そうに見える少年だが、引き取られるまで随分苦労したらしい。 「あの、そのお話から考えると、先のお話の植木鉢が落ちて来た件も……実際には、当たっているんですか?」  どの高度からの落下かは分からないが、恐らくは頭に落ちたはずなのに、平然と通学できるとは、随分と頑丈な少年だ。  つい感心する静に、健一は首を振った。 「そうじゃない。あいつ、痛みに恐ろしく鈍感らしいんだ」 「は?」  ちなみに植木鉢の方は、目の前に落ちて来ただけで、怪我には至っていないようだが、それも大人二人に詰問されてようやく吐いた。 「吐いたって……容疑者じゃないのに、その言い方は……」 「そう感じる尋問だったんだよ。そこまできつい訊き方しないと、あいつ、何も話さないらしいんだ」  その他にも、よくよく聞いてみると、おかしい事に巻き込まれている。 「歩道橋の階段の上で、突き飛ばされて落ちたとか、近くの看板が靡いて倒れて来たとか。兎に角、自然な事故にしては、続きすぎるんです。もしかしたら、変なものに、取り憑かれてるんじゃないかって……」  歩道橋の階段で足をひねり、看板の下敷きになり、それでも伸は親に相談せず、通学していた。 「今、うちの病院に入院してるんですけど、気が気じゃなくて。ほら、ああいう所って、変なものが集まりやすいでしょう? あいつに取り憑いてる奴が、その集まりを吸収して大きくなってたら、太刀打ちできませんよ」 「それは、テレビの見過ぎでは?」  頭を抱える健一に、静の返しは冷たい。  志門は首を傾げたまま考え込み、慎重に口を開いた。 「その方とは、一度も顔を合わせた事はないと思うので、はっきりとは分からないのですが、誰かに恨まれるような方なのですか?」 「分かりません。頭がいいし、結構優しい印象の奴だから、クラスメートの女子にもよく見られてる奴なんで、その辺りでやっかまれることはあるかも。でも、恨んで怪我させる程の事、クラスの奴らに限ってはしないですよ」  殴り合いの喧嘩も、教室内では見た事がない。  学園の備品を壊したら、どんな理由であれ、親に弁償の請求が届くのだ。  一度、可愛い女子をやっかんだ女子生徒が、友人たちと共にその生徒の机に、悪口を書き立てた事がある。  消えにくい油性ペンや、カッターで机に書かれたそれは、次の日に買い替えられたが、後日、書いた女子生徒全員の家に、請求書が届いたと言う。  やり過ぎだと訴える親たちに、理事長は言った。 「校則は、守っていただく様、制約が成されているはずだが、もしや、内容を読んでおられないのか?」  生徒手帳に、はっきりと明記された校則。  これは、理不尽な束縛の校則ではないと、地元でも評判の的確な規則だ。  これを守れれば、社会に出て戸惑う事はあるまいと、理事長直々に考えたものだと言う。  公共の物を壊したら、弁償が基本だと、相手が人間で、怪我をさせた時も同じと、この学び舎は現実的な事を、教えてくれる場だった。 「だから、あいつに限った話でなく、退学した生徒とかのやっかみが、偶々あいつに多く降りかかった、って話かな、とも思うけど、それだと、やり過ぎでしょう?」  自動車を使うような嫌がらせは、その度を越している。 「それを言うなら、自動車が出た時点で、取り憑かれていると言う疑いに、疑問が出てきます」 「そうだけどさ、通り魔やその車の運転手に、何か憑いてあいつを襲ったかも、知れないだろ?」  唸る静の横で、志門が天井を仰ぎ頷いた。 「私で、何か力になれるとも思えませんが、お見舞いと名売って、会ってみましょうか。明確な話は、その後でも、よろしいでしょうか?」  学生の身で、まだまだ世間を知らぬ志門は、控えめに健一へと告げた。 「勿論です。その上で、何か助言を下さい」  後輩の過剰な期待に、内心不安でいっぱいになりながら。
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