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岩切静は、鏡月の弟子、という事になっているが、元々はセイを知る者を親に持つ、異色の娘である。
異色と言っても、ただ少し日本人とは違う血が流れている、というだけで、健一とさほど変わったところはない。
変わっているとしたら、その生い立ちだ。
ある小さな国で、護衛官をしていた父に、小さな頃からそのノウハウを叩きこまれ、父がクーデターによって命を落とした後、その後を継ぐ羽目になった。
後を継ぐと言っても、クーデターが成功した後のその国ですることとは、敗者としての罰を償う事で、幼いその少女は、親族たちに引きずり出された。
当主として、親族を守るのは当然と宣う大人たちの意に添い、本来ならばその罪を一身に背負い、この世を去っていたはずの少女だ。
最近は笑いも増え、セイの弟子となった志門をやっかみ、ついつい意地の悪い事を言えるほどには、この国にも慣れ始めていた矢先、その事件は起きた。
「その、ご親族とやらが先程無理やり、静さんを国へと連れ帰ろうとやって来たのです」
連れ帰る、という生易しい話ではなかった。
学校帰りの静を、背負ったランドセルをそのままに車に引き込み、走り去ったと言うのだ。
「吉本朋美さんが、知らせて下さらなかったら、間に合わなかったかもしれません」
静かに語る志門は、下校途中に血相を変えた少女と、ばったり会った。
その頬は赤くはれ、涙目になっているが、はっきりと志門に訴えた。
「知らないおじさんたちに、静ちゃんが、連れていかれたっ。誘拐っっ」
言葉足らずの訴えだったが、事情は察した。
止めようと男に果敢に噛みついた朋美は、頬をはたかれて振り払われたのだと言う。
その知らないおじさんが、どこの誰かは知らないが、静は誰か分かったらしいと、意外にもよく見ていた朋美が付け加えた事で、もしやと思い当たった。
数年前、静とは縁を切ったはずの、ある国の親族たちが、今更何の用があったのか。
「朋美さんの話では、こんな平和な国で、のうのうと数年暮らせたんだ、もう充分だろうと、そう言っていたそうです」
気は済んだだろう? なら、そろそろ我らの元へ戻って、役に立て。
「……? 気が済むとか、どうとかの話でしたっけ、静の養子縁組の話って?」
その時の事は、健一も志門も、話で聞いただけだ。
だが、静の我儘でこの国に来た、という話ではなかったはずだ。
「静さんの、年の離れたご友人が、静さんの御父上のお兄様の、岩切さんを頼って、助けを求めたのが始まりだったと、私も聞いていたのですが」
幼い少女に全ての罪を着せ、親族は命乞いをしたのだ。
クーデターを経て国を治めたリーダーは、見せしめが必要だっただけで、誰がその役を買っても、気にしない人間だった。
早晩、静は処刑される身、だったのだ。
「本当に、この世でまかり通ってることだと思うと、へどが出るんですけど」
弁明など出来ないと諦めた少女を、助けたいと動いた年老いた友人は、少女の父から聞いたと言う話をし、諦めずに助けを待つよう、こんこんと言い含めていたそうだ。
セイは、静を見てすぐに、誰の子供か分かったそうだ。
だが、志門とその師匠が若と敬愛する若者は、感情的な事の治め方はしなかった。
血縁者である岩切氏を巻き込み、親族として引き取る形で、その国の親族たちを牽制し、クーデターを成功させたリーダーに直接圧力をかけた。
「約束、させたと聞いていたのです。金輪際、静さんをその国と、その親族とは関わらせないと。破った時は、この国ごと、滅すると」
数年でその約束は、破られたのだ。
「……もしかして若、動いてるんですか?」
病院に行く道すがら、事のあらましを聞いていた健一が、顔を強張らせて尋ねると、志門はあっさりと頷いた。
「どういう事情であれ、幼い静さんに何をさせる気であったのか、明確なのだそうです。ですから、徹底的にその国は潰すと、若は約束してくださいました」
約束したと言う事は、本当に徹底的にやる気なのだ。
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