[番外編]Fortune Cookie

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  #15.  SIDE : Hiyori    1. Jan. ――a.m.08 : 50.   「ここがお前の家? ふーん」  家の門の前に立った雅貴は二階の窓のあたりを見上げて興味なさげに呟いた。  隣りに立って横目に雅貴を見ると、また欠伸をしていた。確かにあたしの家は普通の中流家庭が住む二階建ての民家だ。取り立てて感想がないのは別にいい。  <……後で何言っても知らないからね>  電車の中でも寝言を喋る勢いで眠っていた雅貴は、結局あたしのアドバイスというか警告を一つも聞くことなくここまで来てしまった。警告というのはつまり、余計なことを喋るなとか、親を勘違いさせるなとか、そんなことだけれど。それを聞いた雅貴が「わかった」と素直に頷くとも思えなかったけれど。  でも、後日の親の反応を考えたら、どうしても一言言っておかなければと思ったのだ。  なのに、雅貴はまたしてもあたしの予想を遥かに上回った行動に出たのである。 「明けましておめでとうございます。―――初めまして、田嶋と申します」  家に入ってリビングにいた母と父と目を合わせた瞬間、雅貴はそんなことをやたらと滑舌のいい口調で言ってのけた。  こたつに入って、夫婦揃って色違いのハンテンなんか着て雑煮を食べていた両親は、半身をねじらせてこちらを向いて「おかえり」と言ったまま硬直してしまった。 「突然押しかけてしまってすみません。今日は丁度、別用でこちらに来る機会があったので、挨拶だけでもと思いまして」  <誰だこいつ>  この、あたしの隣りであたしも見たことがない完璧な笑顔を浮かべて立っている男は。 「日和さんと、真剣にお付き合いさせていただいています」  新宿から仙台まで約7時間ほぼ寝ずの旅の後、仙台市街を1時間ちょっと歩き回った後の顔には見えない。電車の中で泥のように寝ていた顔には思えない。この滑舌。この笑顔。この身のこなし。  <……っていうか今、どさくさ紛れですごいこと言わなかった?>  ―――真剣にお付き合いさせていただいています。  口に運びかけた餅のこともすっかり忘れた様子のお父さんが、呆けた顔でこちらを見上げている。新年の特別番組を垂れ流すテレビだけが馬鹿笑いをしている。 「―――ま、まぁまぁまぁ。日和ったら、彼氏を連れてくるならくるって前もってちゃんと言っておきなさいよ。お母さんもお父さんも、こんな、ハンテンなんかでほんとにごめんなさいねぇ」  お母さんが苦笑いの影で時々あたしへ睨みを効かせてくる。睨まれても、とあたしは首をすくめる。最初から連れてくるつもりなら、昨日晩から胃を痛めて顔色を悪くしているに違いないのに。 「いいえ。こちらこそ突然で申し訳ありません。新年早々お邪魔しました」 「いえいえいいのよ。日和が男の人を連れてくるなんて初めてよ。どうぞこんなところでよければ、ゆっくりしていって。できればお話もしたいし、ねえお父さん」 「おぁ。―――お、おお。そ、……そうだな。えぇと、田嶋くん、だったかな」 「はい。いえ、今日は突然の訪問でしたし、家族の団欒を邪魔するのは……」 「いいのよ、団欒だなんて! いつでもできることだもの、それより東京からはるばる?」  と、お母さんはハンテンのまま、雅貴をこたつへと進める。雅貴は最初それを断りながらも笑顔は絶やさず、そんな雅貴に気をよくしたお父さんが場所を譲ったりなんかして、結局いつの間にかお母さんと雅貴、お父さんの三人はこたつに収まってしまっていた。  <……本気なのこの人>  信じられない。あれだけ面倒くさがりの雅貴がここまで完璧な二重人格を演じられるなんて、たった今の今まで知らなかった。  お父さんもお母さんも、「東京から来たなんだか物凄く男前で物腰の穏やかな男性」にすっかり骨を抜かれてしまっている。あたしはもう何も言う気になれずに三人の「団欒」を見守るばかりだ。 「日和。鍋に雑煮があるから、お餅と一緒にあっためて田嶋さんに出してあげなさい」 「いや、僕はいいですよ。すみません、突然押しかけた挙句、気を使わせてしまって」  <ぼく!?>  目が飛び出そうだ。  段々雅貴の考えていることがわかってきた。こいつは、この場を単に楽しんでいるだけなのだ。親に挨拶することが結婚を意識させること、そんなこと別にどうでもいい。ただ単に暖かいこたつに入りたくて、雑煮が食べたくて、その為に普段使い慣れてる営業スマイルを気軽に駆使している。それだけのこと。 「雅貴、お餅何個」  もう、何も言うまい。雅貴がそれで楽しいのなら、後になってブツクサ言われることもないだろう。 「ごめんな。僕も手伝うよ」  と言って、幼稚園の保育士みたいに優しい笑顔を浮かべながら台所に向かうあたしを追ってきた。はっきり言ってキモチワルイ。こんなの雅貴じゃない。 「楽しい? 人の家族騙して」  鍋を火にかける雅貴の方を見ずに呟く。傍に来られると、我慢しても止められなかった。 「別に騙してるつもりはないけど」  ―――真剣にお付き合いさせていただいています。  なんだか泣きたくなってきた。あの言葉が嬉しかった分、雅貴があたしのことをそれほど真剣に考えていないのだということが凄く悲しかった。 「日和?」  ただでさえ頭の中がぐちゃぐちゃなのだ。嬉しかったりショックを受けたり。これ以上冷静にものを考えることなんて出来ない。 「その気もないくせに勝手に家族の中にまで入ってこないでよ」  どうすればいいのかわからない。雅貴の態度はあたしの両親に気に入られようとしているようにも見えるけれど、いつもの雅貴とかけ離れすぎている分、嘘にしか見えない。  お餅の入った袋を持って棒立ちになっているあたしの手から、雅貴が袋を無言で取り上げた。その横顔からは何も読み取ることが出来ない。お餅を4つ鍋に入れ、コンロの淵に両手をついた。 「俺の言うことちゃんと聞いてんのか、お前は」  頭上で回る換気扇がうるさい。鍋から沸き立つ湯気が真っ直ぐに換気扇へと吸い込まれていくのを見るともなしに見つめていた雅貴が、不意にこちらを向く。何かを言わなければと思うのに、その突き刺すように強い視線に体中を絡めとられて何も言えなくなった。 「なんなら今から東京帰ろうか、俺一人で」  怒らせた。  そう思えば思うほど頭の中が真っ白になっていった。ゴメンという隙もないくらいに、怒った雅貴の放つ空気が緊張する。目の前の鍋だけが、どんどん熱くなっていく。 「どうなんだよ。言えよ、はっきりと」  リビングから両親のマヌケな笑い声がする。 「お前がその気じゃないんなら、俺は今すぐにでも帰る」  雑煮が十分に温まったことを確認してから、雅貴はコンロの火を切った。お椀が手元にあるもののそれに注ごうとする気配はない。本当に、このままあたしが何も言わなければその足で玄関へと直進していきそうだった。 「…―――帰ったらいやだ」  呼吸困難に陥って窒息しそうになりながらようやく言えた言葉に、雅貴はついさっきまでの冷徹な顔から一転して心底楽しいという風に口元を釣り上げて見せた。呆気に取られるあたしから鍋に視線を戻すと、お椀に雑煮を注ぎ、お盆に載せてリビングへと歩いて行ってしまった。
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