2 平行線

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2 平行線

 昨日の夜、新宿の百貨店の前でスーツ姿の雅貴を目撃した。  仕事中だったのか、仕事帰りだったのか、とりあえずあたしの存在には気付いていない様子で、いつも通りのぼんやりした顔で雑踏の中を歩いていた。 10月に入ると、東京の夜はそれなりに冷え込む。スーツ姿というだけでも十分違和感があるのに、初めて見るコート姿に、また別人のように見えた。  だから、あ、と口には出したが、声は掛け損ねた。  学校に行く電車の中で、窓に額を当てて昨日の雅貴を思い出した。  <今日は木曜だから…かれこれ4日ぶりか>  昨日の夜は、あれからメールを送ってみたが、案の定2時間も空いて返信が返ってきた。内容も至って簡潔。  『うん。歩いてただけ。』  今日新宿で見かけたけど何してたの?という内容に、これだけ。  メールが好きじゃないということは知っている。だけど、これだけってどうなんだろう。  明後日の土曜日は、タイミングがいいのか悪いのか、あたしの誕生日だ。あの素っ気ないメールでははっきりしたことも言えないが、きっとあたしの誕生日だなんて忘れている。  はぁ。  朝っぱらからテンションの低くなる溜め息が出た。こうでもしないと、どんどん胸の内に溜まっていくからだ。  溜め息を吐き出すのと一緒に、悩みが出て行くわけじゃないけど…。  あのぼんやり能天気は、本当に(一応)彼女の記念日も覚えていないくらい能天気なのか。  大学に行くと、親友の麻里絵が妙に大きな袋片手に近寄ってきた。 「おっはよ日和ちゃん♪ そしてハピバスデーッ!」  麻里絵のハイテンションな明るい声と同時に、白い布の大きな袋があたしに押し付けられた。白い袋には、赤やらピンクやらのリボンでかわいいラッピングがされている。どうやらプレゼントのようだ。 「…まりえ、フライング」  嬉しいのだけど、思いっきり日付を間違えられて苦笑した。 「知ってるよ、明後日でしょ? でも明日から日和デートだろうし、明日渡したら邪魔になるかなーって思ってさ」 「…は? でーと?」 「そう、あの社会人彼氏との。…違うの?」  あたしの反応が予想外だったのか、麻里絵は首を傾げて聞き返してきた。  おかげで、思い出したくもない悩みの種をまた懐から取り出さなければならなくなった。 「べつに。デートとも何も言われてないよ。テキトーなんだもん、あの男。こないだも連絡ないと思ったら家で寝てるしさ。貴重な週末とか思ってんのはあたしだけ。あの調子じゃ誕生日だってことも忘れてんじゃない?」  てか知らないのかもね、と強引な口調で嘯くと、麻里絵がぽかんとなった。 「…それさ。ほんとに付き合ってるの?」  麻里絵の毒舌に、思いっきり傷付いてしまった。 「~~~。さぁ。会えばエッチするけどね。遊ばれてんのかもね」  ますます麻里絵が眉の端を下げて、困ったように閉口した。  思えば、会いたいだの何だのと、デートの約束を取り付けるのはいつもあたしの方だ。追い掛け回すばっかりがイヤで、もっとクールにいようと誓っても、気がつけばこっちが追いかけている。  惚れた弱み、とはまさにこのこと。  好きになった方が負け、という恋愛論をこうも美しく完璧に体現しているあたしって、どうなんだろう。  明後日誕生日なんだよねーなんて、口が裂けても言いたくない。ほんとにあたしのこと考えてくれてるなら、覚えてるはずだ。いつもああなのだから、たまにはこっちだって愛されてるって実感したい。  実感させられたと思えるくらい、愛してみろってんだ、バカヤロー。  そんなこんなで、今までで一番憂鬱な週末がやってきた。  思ったとおり、雅貴は金曜の夜には連絡をしてくれなかった。こっちも、向こうからしてくるまでしてやるもんかという体勢だったので、バイトなんか入ってやったらいつの間にか日付が変わっていた。  一人きりの、誕生日の朝。かなり憂鬱だ。  …メール入ってないし………。  起きて一番に携帯をチェックしてしまう自分も、なんだか淋しい。  <あたしって、本当に愛されてないのかもな>  能天気にもほどがあるだろうと思う。  こっちがメールを送らなければ、雅貴からは本当に一通も入ってこないんだと、今でなくてもいいのに、今改めて実感した。いくら問い合わせてもメールを受信しない携帯をほっぽって、あたしは麻里絵のマンションに遊びに行った。  何で今日来るの!?と驚かれたが、そんなことどうでもいい。  夕方まで居座ったが、麻里絵に説教されて追い出された。  そしてまた、部屋に帰って置き去りの携帯を見る。やっぱりメールも電話も、ない。 「………雅貴の…あほ」  大事な大事な彼女の誕生日に、メールや電話の1本もないとは。 <…ありえん>  まさかまた飲みで眠りこけているんだろうか。誰かと会っているんだろうか。私用?仕事?  雅貴のことを考えているうちに、沸々と怒りが湧いてきて、気がつけば携帯をバッグに突っ込んで家を出ていた。
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