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一言文句を言ってやらないと気が済まない。
たとえ誰かと会っていようが、それが仕事でも許せない。私事ならなおさらありえない。
貰った合鍵も、今考えればわざわざ玄関までカギを開けに行くのがめんどうで渡されたのか。とにかく今のあたしには、雅貴の行動の全てに腹が立っていた。
「―――アホンダラ雅貴ぃ!!」
インターホンも押さずにリビングに乗り込むと、キッチンでオタマ片手の雅貴と目が合った。
「…な、…料理してる…?」
あたしは、呑気に料理なんかしている雅貴のその様子に、思いっきり脱力した。まったく信じられない。
「アホンダラってなにがだよ」
突然怒声を上げながら上がりこんできたあたしにも臆せずに、のんびりとした顔。
鍋で何を作っているのか、オタマに掬ったスープを味見しながら聞いてくる。そんな、美味しそうな匂いの漂うキッチンでオタマ片手にけろんとして聞かれたら、怒りをどんどん殺がれる。…逆に頭痛くなってきた。
「…あのさぁ…、料理する暇があったら他にやることがあるんじゃないの?」
「他に? なんだよ」
と、まったく意味がわかってない様子。もしかして本当に、あたしの誕生日を知らないのだろうか。
「…ねぇ、今日何の日か…―――知ってる?」
おそるおそる聞くと、雅貴はキョトンとしたままあっさり答えた。
「父さんの日だろ?」
今度はこっちがキョトンとなる。―――父さんの日?
「だからわざわざこうして俺がご飯作ってるんだろ? そろそろ来ると思ってた」
雅貴の言うことが理解できない。
そういえば、雅貴が料理をするところなど初めて見たかもしれない。
「…ちょっと、そろそろ来るってなによ。あたしが来ることわかってたから連絡しなかったの?」
「うん。よくわかってんじゃん」
褒められてるんだか、けなされてるんだか。
複雑な顔で立ち尽くしたが、あたしは唐突に雅貴の言外で言わんとしている意味に気付いた。
…今日は10月3日。あたしの誕生日だから。
「…忘れてたわけじゃなかったんだ」
だからって"父さん"という語呂合わせで覚えているのもどうかと思うが。
すっかり怒りも収まって、逆に急激に嬉しさがこみ上げるのを堪えてぽつりと呟くと、雅貴はコンロのスイッチを切りながら、何が?と言った。
「え? だからあたしの誕生日」
「誕生日? いつだっけ?」
「…は?」
「もうすぐだったっけな」
そんなことを真顔で言いながら、リビングのテーブルの上を片づけに行ってしまう。
………ちょっと待て、なんだそれは。
今の言葉から最大限の意味を読み取る限り、死ぬほど自惚れた解釈をしても"あたしの誕生日など覚えてない"としか取れない。まさか気まぐれで作ってみただけとか。
「………。マジで?」
できれば今日だけは呟きたくなかった言葉が、空しくキッチンに響いた。
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