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4 唇から愛
薄暗い部屋に、キスを繰り返すぬれた音が響く。
時間がたつにつれ、唇の合間からあたしの呻きに似た喘ぎが漏れ始める。
あたしが雅貴の部屋に上がって、まだ3分しか経っていなかった。
「―――ちょ、…っと、待ってよ。雅、」
嵐のようなキスに襲われ、名前すらも十分に呼ばせてくれない。
<ど、どーなってんの!?>
雅貴の手が、ショーツの下まで及んできて、あたしは咄嗟に停止の声をあげていた。
「あ、やめ、…っダメ」
「…なんで? もうこんなんなのに」
ようやく発した雅貴のセリフが、指がかき乱すあからさまに濡れた音にかぶった。
「~~~だから!! なんでこんなゴーカンみたいなことすんの!?」
「たまにはいーんじゃない」
しれっとした雅貴の口調。
いつの間にか、入り口をうろうろしていた指が体の奥にまで入ってきていた。雅貴の言うとおり、言葉では拒みながらも体は期待を隠せないわけで。
あたしの体は意思に反して、雅貴の乱暴な愛撫にどんどん開いていく。
<…どうして…? なんでこんなことになってんの?>
いつも通り、夕方前にここへ来たあたしが、スーパーの袋をテーブルに置いた途端。
うしろから抱きしめられ、唇を奪われ、自由を奪われた。
<たまにはって…、たまには体だけの奴隷になれって!?>
そう思った途端、あたしは行動に移していた。
「いっ…た」
すぐ上の雅貴の顔が、苦悶にゆがんだ。
「……お前、…何やってんの?」
一気にソノ気が失せたらしい、雅貴がゆるゆるとあたしの手を掴んだ。雅貴のソレを、掴んでいたあたしの手を。
「あたしはイヤ。こんな同意もないH。いくら付き合ってるからって、ゴーカンみたいなことしないでよっ。ていうか、本当にあたしのこと好きなの? いっつもあたしはご飯作って、Hして、それでオワリじゃん。あたしは雅貴の都合のいい人形じゃないよ。本当にあたしのこと好きなら、しばらくH禁止!!」
妙な沈黙がおちてきた。
実際は5秒とか、そのくらいだったのだろうがあたしには5分のように思えた。
にゃ~…、と茶々がベッドの上にあがってきたのに、雅貴が我に返った。茶々を抱き上げ、
「…わかった。じゃ、トーブン禁止でいいよ」
とだけ言った。茶々と戯れる雅貴は、あたしの問題発言に機嫌を損ねた様子はない。
<なんか…、…気マズ…>
なんで拒否した方がこんなにいたたまれなくなるんだ。
無言のまま、それ以上雅貴に近づけないでいると、雅貴はベッドに座って全然違う話を始めた。
「俺さぁ、ちょっとマジメに転職考えたりしてるんだけど」
「え。…えっ!? 転職!?」
「広告の仕事は楽しいし、別に辛いとかじゃないんだけどな。なんかこう、もっとダイレクトなモノづくりをしたいっていうかさ」
「…ダイレクトな…たとえば?」
「ん。自分は何が好きか向いてるかで考えて、たとえば建築デザイナーとか」
あたしは、他人事のように語る雅貴に、自分が半裸ということも忘れて唖然とした。
デザイナー。デザイナー?
確かに、雅貴のそういったセンスはずば抜けていいと思う。他と違う気は前々からしていた。でもこだわってる風はなくて、そこまで考えるほどのレベルとも思ってなかった。
「建築事務所に知り合いがいてさ。話聞いたのがきっかけ。自分でもそっちのほうが向いてるような気がする。仕事内容だけじゃなくて、性格も、生活スタイルも。でもそれよりもまず資格かな?」
かわいい鳴き声で雅貴の腕の中で戯れる茶々。あたしはその雅貴の手を見ながら、まだ何も言葉が思いつかない。
「国家資格だし、ソートー勉強しないとダメだけど。どっちみち事務所入ってから資格取るだろうな。それでもいいって、言ってくれてるし。俺も仕事しながら勉強していこうと思う」
「…………」
「事務所入る前に2ヶ月くらいのんびりしようかと思ってるんだけど、その間に旅行でも行くか」
あやうく聞き逃すところだった。
「…………へ?」
旅行? あたしと二人で?
「そうだなー。2月か3月くらいになるかな」
雅貴はまるで、映画にでも誘うかのようなお手軽さだ。
一瞬付き合い始めたころを思い出した。あの時も、こんな風に聞き流しそうになるくらいあっけなかった。
<2月か3月って、来年じゃない。まだ10月なのに。てか年明けても付き合ってるのかな。まさか、言ってみてるだけ? 冗談? じゃあ軽く流しとくべき?>
「…どうせ行くなら、1週間くらい行きっぱなしがいいよ」
「…。お前俺がせっかく全額出してやろうかと思ってたのに。調子乗るなよ?」
「だって。どーせ冗談でしょ? 言うだけならタダだもんね。雅貴に年明けの予定が立てられるわけないし」
「冗談? えー。お前は俺のことをそーいう奴だと思ってんの」
冷たい流し目が、ぐさりと頬に突き刺さる。
冗談には冗談で返してくる男が、こういう返しは珍しい。
<まさか…本気?>
「本当に俺が、日和のことをセックス人形にしてるなんて考えてんの?」
「………いやあの」
「心外」
放るように言い、茶々を置いてベッドから降りた。そのままキッチンへと行ってしまった。
まずい………。怒らせた。
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