[番外編]Fortune Cookie

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 ―――あれ?  緩やかに流れる対向車線の向こうから、一台の四駆が近付いてくる。  車高がそこらを走る車よりも半分ほど高いせいか、運転席と助手席がよく見えた。運転をするのは大学生らしき男。 目深に被った白いニット帽が目を引く。こめかみや襟足に遊ぶ茶髪が、若さを強調していた。  そしてその助手席に乗って地図を広げているのは―――なんと日和。 「―――どうしたんですか、田嶋さん」  再び赤信号で止まった河内が、サイドブレーキを引きながら不審げに尋ねてくる。四駆も俺の丁度真横に並ぶ形で停車した。  黒や白のボディばかりがひしめく渋滞の渦の中で、その濃いパールブルーの四駆は目立った。助手席に乗っている日和の白いニッ トはそれよりも更に目立ち、俺の視界の端でちらちらしていた。 「…ああ、スノボでも行くんですかね、隣り。いいなぁ」  渋滞に苛立っているのは河内も同じのはずだ。しかも俺よりもまだ2つも若いくせに、俺以上に残業時間が多い。それなのに刺々しさは 少しもない。他人に気を使わせないところは性格上の問題か、あるいは人間の成長度の問題か。  羨ましそうに呟く河内の視線の先をのろのろと辿り、四駆の天井を見やる。  四駆の天井には二枚のボードが括りつけられていて、後部座席にも大き目のスポーツバッグが折り重なって載せら れていた。なるほど、スノボに行くのは間違いないようだ。 「田嶋さんってスノボ派でしたっけ、スキー派でしたっけ」  ジャケットの裏の煙草ケースを取り出しかけて、今窓を開けられないことに思い至って舌打ちした。  窓枠に肘を置いて前髪を掻き揚げる。車の中だけに意識を向けると、やたらと煙草臭が鼻につく。社用車で堂々と喫煙した犯人の顔をを脳裏でリストアップしようとして、失敗した。 「田嶋さん。聞いてますか」  河内の声が、今初めて耳に届いたかのように突然飛び込んできた。 「―――ん。スノボ、かな」  俺の答えに河内がなにやらぺらぺらと喋り始める。おそらく目ぼしいゲレンデについて喋っていたのだろうが、俺の耳には右か ら入って左から抜けていく状態だった。  意味もなく携帯を開いたり閉じたりしてみる。ディスプレイのバックライトが光ったり消えたりした。  12月25日(土) 17:09  日付表示に気付いて、携帯をポケットにしまった。今日はクリスマスだ。  そして昨日は、クリスマス・イブだった。  ―――いいよ別に。仕事するななんて、言わないから。あたし。  死んでも言わないから。  電話口で動揺のカケラ一片たりとも見せなかった声色が、また耳元で蘇る。リピートされるその声を阻むように、隣りの車の 助手席から笑い声が鋭く届いた。  やがて信号が青に変わり、喋りに夢中になっている河内もアクセルを徐々に踏み込んでいく。隣りの車線もゆるゆると動き始める。  日和が俺に気付くことはなかった。
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