[番外編]Fortune Cookie

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  #3 SIDE : Masaki     26. Dec. ――p.m.16 : 20.  浮気しないから本気だなんて、そんな論理は存在しない。  携帯が煩わしい。  野菜コーナーあたりで震え始めた携帯は、調味料コーナー、精肉コーナーを回った今でもしつこく震えている。  マナーモードにしているお陰で、ある程度経ったら留守電に切り替わるようになっているものの、かけてくる人物は留守電に切り替わると電話を切り、また新たに掛け直すという手段をとっているらしい。着信履歴を見るのが恐ろしくなってきたので、そろそろ携帯をズボンのポケットから取り出すことにした。  着信履歴に10件ほど並んだ名前はどれも同じ。  うんざりしながら通話ボタンを押すと、もしもしと言う間もなくスピーカーから大声が鼓膜をつんざいた。 『あっ、やっと出た! ちょっと田嶋くん気付いてたんでしょ、さっさと出なさいよ!』  偶然すれ違った50歳くらいの主婦が、奇異の目で俺を見、通り過ぎていく。 「…んだよ。今取り込み中なんだよ。それくらいわかれよ」  しつこく携帯を鳴らし続けていたのは、同僚の安藤夏子だった。 『取り込み中ってなによ。おさかな天国流れてるじゃない。そこ、もしかしてスーパー?』  目の前には、脂の乗った鰤の切り身が明々と照らされている。安物の小さな携帯ラジカセから流れてくる音質の悪いおさかな天国のせいで、魚の活きが悪そうに見えた。 「あー。言っとくけど忘年会には行かねーぞ」 『なによ、誘う前から断らないでよ』 「12月入ってから酒飲まされない日があったかよ。もういいだろ、ほっとけよ」  ただでさえ人が騒ぐ場所には行きたくない気分なのだ。仕事もないこういう時くらい、一人でいさせてもらいたい。 『もしかして、彼女とご一緒?』  咄嗟に言葉が思いつかなかった。それを、夏子はどう受け止めたのか。 『…―――あっそ。わかった、ま、せいぜい頑張りなさいよね』  なにがわかったのだろうか。  何をどう解釈したのか問いただしたかったが、今はそれすらも面倒くさい。どうせ夏子に何を思われていようと、俺にはどうでもいい。たとえ夏子が誘う予定だった忘年会で、ていのいい酒の肴にされようと。 「もう切るぞ。そして二度とかけてくんな」  こう言って本当に二度と掛けてこないような女ではないことくらいわかっていたが、とりあえず言った。案の定通話を切る前に、電話の向こうで夏子が憤慨した声をあげた。それも無視して通話を切った。
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