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合宿から電車で帰ってきて早々、あの二人を目撃したあたしは、その足で再び駅へと戻った。そのままJRに乗り込んで東京駅へと向かった。
実家に帰ってやる。
合宿に持っていったスポーツバッグには、一週間分の着替えとトレーナーが入っている。
仙台の実家には何の連絡もしていないけど、突然帰ってきて入れてくれないなんてことはないだろう。入れてくれなかったらどこか友達の家に泊まらせてもらう。とにかく、朝イチで帰ってきた自分が心底バカみたいだった。
電車の中は通勤ラッシュの時間帯でもないくせに、信じられないほど混んでいる。バッグを棚の上に載せようにも、重たいので結局足元に寄せていると、後から乗り込んできたおじさん達がそ知らぬ顔でバッグを蹴飛ばした。
<…んの、クソジジィ>
こうなったら、何が何でも帰ってやる。
「―――あ、お母さん? 今東京駅なんだけど。これからそっち帰るから」
東京駅は、JRの車内以上の混雑振りだった。
新幹線の切符売り場の前の、大きな広場を挟んで反対側のキヨスクのすぐ横に、ポスターが並べて貼ってあった。その周辺の人通りが少なかったので、ひとまずそこに非難した。バッグを足元に下ろすと、なんだかどっと疲れた。
電話の向こうのお母さんは案の定、帰ってこなくていいわよ、と言った。
「なんでよ。お兄ちゃんだって今年は帰ってこないんでしょ。寂しいんじゃないの」
『娘に同情してもらうような人生歩んでません』
「もーいいじゃない、とにかく帰るったら帰る」
『わかった、彼氏と喧嘩したんでしょう。わかりやすい子ねぇ』
我ながら、この母の性格はさすが自分を生んだだけあるな、と今更痛感する。
「……じゃ、時間ないから切るよ」
スピーカーの向こうでお母さんがまだ何かを喋っていたけど、聞きたくなかったので強引に通話を切った。
しん、と静まり返った携帯を見て、思わずため息が出る。
メールを問い合わせても、着信履歴を見ても、あいつの名前はない。
<あれからどうしただろ>
捨てゼリフをぶちまけてそのまま走り去っていったあの後、あの二人は一体どうしただろう。
―――別にいいんじゃん?
別に連絡をしなくて他の女と仲良くスーパーで買い物をしたってお前には。
<…合宿なんて行くんじゃなかった>
意地なんか張らなきゃよかった。
クリスマスだからなんて拘らなければよかった。
本当は寂しいんだと素直に言えばよかった。
あたしはただ、雅貴と一緒にいたいだけだったのに。
<もう、疲れたよ。あたし>
「普通の」付き合い方が出来ないのはわかってたつもりだったけど、それはつもりにしかすぎなくて、理解できても受容できるものじゃなかったらしい。
だってあたしはただの、「普通の」女でしかないのだから。
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