[番外編]Fortune Cookie

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    #6.  SIDE : Hina    28. Dec. ――a.m.11 : 12.  例えば5つ星評価を許されるとしたら、晃平の優しさは星10個くらいだと思う。  あたしが乗るはずだったバスのドアが、無情な音を立てて閉まる。 「発車しまーす」  運転手さん待って、とも言えず、あたしはバスのナンバープレートと隣りでふんぞり返る男の人を交互に見つめた。男の人はさっきから一点に視線を置いたまま、ぴくりとも動かない。  ベンチから立ち上がってバスに走り寄りたい衝動は、男の人の横顔を見た途端に萎えてしまう。そうやって逡巡しているうちに、バスはあたしの迷いを無視して行ってしまった。  バスが去って行ってからだいぶ経って、男の人が口を開いた。 「さっきの乗るつもりだったんじゃないの」 「…………」 「もしかして俺のこと気にしてんの」 「いや、別にそういうわけじゃ」  ないですけど、までは言えなかった。嘘を許さない強い瞳が、いつの間にかあたしを間近から捉えていたのに気付いたから。 「バカじゃない?」  木枯らしよりも荒んだ声色に、一瞬体を縮こまらせた。  自分でも何やってるんだろうとは思う。他人の事情を偶然垣間見たからといって、余計な気を働かせる必要はないのだ。ほとんど初対面のくせに。心配や気遣いなんて、しない方がかえって親切というものだ。バスを目の前で見送ってまで様子を窺うなんて、他人の込み入った事情に首を突っ込みたいと言っているようなものじゃないか。  でも、明らかに機嫌を悪くした彼のことをどうしても放っておけなかった。 「…彼女さん、に、事情を説明した方がいいと思います」 「あんたには関係ないよ」 「でも久しぶりに会ったんでしょう?」 「久しぶりなのはいつものこと。いいんだよ、いつものことなんだから」 「そうやって、彼女さんのことを放っておくのも、いつものことですか?」  容赦なく切り捨てる彼にしつこく食い下がりながら、あたしは小さからぬショックを受けていた。さっきの女の人に同情したということではなく、単純に「男」という自分とは性別の違うものについて、極端に知識が足りなかったということに。世の中には色んな人がいるってことをあたしは知らなさすぎた。 「いつものことだよ」  ちょっとの間返答を考えていた風な彼は、それでもやっぱり切り捨てるような口調で答えた。 「だけど」 「しつこいな。しつこい女は嫌われるぞ」 「そんなこと今話してません!」  ムキになって言い返すと、その人はさも面倒くさそうに小さく舌打ちをして、あたしをうざったそうに見てくる。 「お前な。だいたいまだ高校生だろ? 未成年の分際で偉そうな口聞くんじゃねぇよ」 「だったら雅貴さんは偉そうな口が聞けるほど大人の振る舞いをしてますか?」  言ってしまってから我に返った。  まずいと思ったときには、もう遅かった。  雅貴さんはもう聞く耳を持たないと言った様子で、氷のような表情で立ち上がり、あたしを見下ろしてきた。 「―――あ、あのあたしはただ、さっきの彼女さんとの言い合いがどうしても納得いかないと思ったから、ただ仲直りして欲しくて」 「いいこと教えてやるよ。お前が優しさだと思ってやってることは、世間で言うところの迷惑ってやつなんだよ」  あまりに傲岸に言い放つので、その迫力に気圧されて言葉を失った。  そして次の瞬間耳が拾ったセリフに、あたしはますます硬直した。 「それ以上余計なこと言ったらキスするぞ」
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