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「お忙しいところすいませんね、じゃあこれが荷物で」
全身緑色の制服を着た中年の宅配業者が持ってきたのは、何かの店のロゴが入った小さめの段ボール箱だった。
なんの心当たりもない。眉を思いっきり捻って伝票を確認する。
思わず硬直してしまった。
「―――すいませんが受領印だけもらえますかね。…田嶋さん?」
我に返って、男からボールペンを受け取り受領印欄に苗字を走り書きする。控えを渡して用事も済んだ男は、呆然とする俺をよそに「ありがとうございましたー」と笑顔で言うとさっさと帰ってしまった。
伝票の差出人は、「桃井日和」とある。
<…何のつもりで?>
配達日指定のマークがついている。受付日は今月の23日。クリスマスが駄目になる前から今日に届けられるように日和が手配したものらしい。今日を一緒に過ごすと想定して送ったものなのだろうという予想はつく。
一瞬迷ったが、開いてみることにした。
片手で持てるほどの大きさの箱に入っていたのは、色違いの部屋用スリッパ2組。
「……なんでまたこんなもん」
パイル素材の淡いピンクとブラウンのスリッパを目の前にして脱力してしまった。俺には理解できない。なぜ今この日にスリッパを届ける必要が?日和は一体何を考えているんだ?
俺一人にこんなもの、どうしろと。
咄嗟に携帯に手が伸びた。すぐに今の状況に思い当たって手を引っ込める。だが、引っ込めた手をどこに落ち着ければいいのかわからず、結局携帯を手に取った。
発信履歴を開いてみると、日和の番号は残っていなかった。それに気付いて嫌な気分になる。今更だが、俺は日和に電話を掛けたことがここ数ヶ月なかったのだ。当然あいつの着信履歴に俺の名前はない。なぜか物凄く、嫌な気分だった。
電話帳を開いて日和の番号に掛ける。最初に何を言おうかと少しの間考えたが、呼び出し音を聞いているうちに何も考えられなくなっていく。
突然、留守番電話サービスに切り替わった。アナウンスを聞きながら、そういえば日和は今どこにいるのだろうと思う。
<…家にいるのか?>
そう考えた途端、心臓が嫌な音を立てた。
さっき感じた嫌な気分が、再び俺を襲う。それはじわじわと腹の奥から体の表面までを侵食していくかのような不愉快さで、俺は思わず顔をしかめた。
<どこで何をしている?>
もう一度電話を掛けた。案の定電話に出る気配はなかった。携帯から離れたところにいるのかもしれないとも思い、メールだけでも送ろうとしたが、何をどう送ればいいのかわからない。
天宮さんの、やや困った風な苦笑が脳裏に浮かぶ。…認めろと、いうのか。
―――そうやって素直になればいいのに。彼女の前でも。
不器用なのは日和ではなく、俺の方だと。
謝ってくるのを待っているのではなく。戻ってくるのを待っているのではなく。
俺がただ、日和に対して素直になれないだけなのだと。
電話の掛かってくる風もなかった携帯をソファに放り、カーペットにそのまま寝転がった。どこからか茶々が首の鈴を鳴らしながら近付いてくる。俺の耳に背中をこすり付けたかと思うと、そのまま丸くなった。頬に触れる猫の温かい毛に目を閉じると、妙に気分が萎えていくのがわかった。
俺はこのまま、日和が電話に出なければ、捨てられるのだろうか。
信じられないほど気弱な考えが脳内に広がっていく。
不意に携帯が振動を始めた。驚いて半身を起こし、画面を見る。日和からだった。
「―――はい」
電話の向こうは、息も詰まるほど静まり返っている。
『…もしもし。さっき電話したでしょ』
日和の声色も、いつになく低い。
「ああ。…今宅配便が届いてさ。お前、何送ってきてんだよ。この時期に」
『雅貴今家にいるの?』
俺の質問には答えず、そんなことを訊いてくる。
「あ? ああ」
『意外。この時間に自分の家にいるなんて。てっきりどっかに出掛けてるのかと思った』
「お前こそ、今どこにいるんだよ。処理しろよ、このスリッパ」
『いや』
取り付く島もないほど冷たい口調。どういう態度に出たらいいのか計りかねている俺は、それにどう対応していいのか咄嗟にわからなかった。
「いやってお前。お前が頼んだもんだろうが。さっさとウチ来て持って帰れ」
『無理よ。今仙台にいるんだから』
一瞬耳を疑った。
「―――は? お前、今なに」
『だから今あたし実家の仙台に戻ってるの。片付けて欲しかったら仙台まで持ってくれば?』
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