[番外編]Fortune Cookie

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  #12.  SIDE : Hiyori    31. Dec. ――p.m.23 : 32.  ―――全戦全敗、例外なし。  あたしの目の前で、高木が知らない女の子とひそひそ話をしている。  それを視界の外に追いやりたい気持ちになりながら、グラスを口に運ぼうとして、グラスについた水滴で指が滑り、テーブルの上に中身を零してしまった。ほとんど食べ終わった料理の大皿の隙間をぬって水溜りが広がっていく。運ばれてきてからだいぶ時間の経った、限りなく水に近いチューハイの水溜りが。  あたしがチューハイをこぼしたことに、高木は気付かない。その隣にいる女の子も気付かない。  別に気付いて声を掛けてほしいとも思ってないから、無言のまま近くにあったお手拭きで水溜りの始末をする。食い散らかしたテーブルには、なんの料理のカスなのかわからないゴミがあちこちに転がっている。あまり熱心に掃除をする必要もなかった。  有志の高校の忘年会には、10人ほどが集まった。同級生で、県外の大学に行っている人たちがメンバーのほとんどだ。やろうと決めた幹事が大阪の大学に行っていて、地元に帰ってくるとなぜか知り合いがいなくなっていたから、人恋しさに同じく県外に出ている人たちにランダムに声を掛けたらしい。  今年の夏に帰省した時に会ったメンツもいるけど、2年ぶりに会う人も何人かいたので、素直に来てよかったと思う。懐かしすぎたり、2年の月日の長さに改めて驚いたり。  ただ、微妙に会いたくなかった人、友達の友達で初対面の人も若干名いたのだけど。  店の壁の時計を見ると、11時をだいぶ過ぎていた。  パンツの後ろポケットに入れていた携帯を取り出して、再度時間を確認する。確認ついでに、メールをセンターに問い合わせる。しばらく問い合わせ画面が表示された後、「受信メール0件」の画面に切り替わった。  問い合わせたことを後悔しながら、再び携帯をポケットにしまう。ため息がこぼれた。  ―――『仙台まで持ってくれば?』  あと数十分で2004年も終わるというのに。  <音沙汰無し。…さらば2004年>  隣りの席の元クラス委員長が飲んでいたビールを横取りし、一気に飲み干す。元委員長の桑田は、やや気圧されたようにあたしを見返した。 「おい桃井、なんだよいきなり。飲み足りねーってか?」  桑田は地元で一年浪人した後、関西の国立の法学部に受かった。今年ぴちぴちの大学一年生だ。 「別に。どうやったら酔えるかなと思って」 「酔いたいの、桃井。お前酒強かったっけか」 「全然」 「…のわりには今日飲んでるよな。カクテル3杯目だろ? それチューハイ?」 「うん。ていうかここ、お酒薄めてない? よく酔えるね、委員長」 「弱い人間がよく言うよ。しょうがねーだろ、31日に10人で予約とれる店がここしかなかったんだよ」 「確かに、集合かかったの昨日だもんね…」 「しみじみ言うなよ。そしてさめざめするな」  委員長の困った風な顔に、あたしは小さく吹き出した。睫毛が長くてたれ目気味な委員長の顔は、見ているだけで尖った気持ちが和らいでいくから不思議だ。人徳だな、と思う。  委員長がウーロンハイ片手に背後の壁にもたれたので、あたしも一緒にその隣りにもたれた。 「なんかごめんな」 「え? なにが」  いきなり謝るので、委員長の横顔を見る。委員長は前を向いていて、あたしとは目が合わなかった。答える気配もなく、ただ黙ってグラスを見つめている。それで察しがついた。委員長は、あたしの目の前の席に座る男について謝っている。 「…別に謝る必要なんてないんじゃない?」 「でも、居心地は悪いだろ」 「100%機嫌がいいとは言えないけど。―――でもそれはもともとここに来る前からテンション低かったのもあるしさ」  今度は委員長があたしの方に顔を向けた。あたしはそれを視界の端で見た。 「誰かと喧嘩した」 「ベタだね、委員長」 「彼氏?」  思わず返答に詰まる。  うんと違うとも言いづらかった。あの日に啖呵きって別れてから、あまりに時間が経ちすぎた気がする。  最初にあたしを支配していた怒りと苛立ちは、時間が経つにつれてどんどん薄まっていった。今では何について怒っていたのかもわからない。そもそも自分ひとりで憤慨して、相手は全く冷静そのものだった。喧嘩とすら呼べないかもしれない。いや、あいつは確実に喧嘩だなんて思ってない。  そんなことを考えたら、あいつと関わった全てが自分の一人よがりだったのかもしれないと思い始めた。あたしがこんなに切なくなったり怒ったり楽しかったり幸せだったりしたのは、全部あたしが一人で勝手に感じてたことで、あいつがあたしと関わった時間の中で、あいつの心の何か一部分でも充たしたり欠けさせたりしたことは、実はなかったのかも、と。  それは要するに、あいつにとってあたしは彼女という肩書きだけの存在だったのかもしれなくて。  あいつにとってあたしがそういう存在価値しかないのなら、あたしにとってのあいつは、彼氏でも恋人でもなんでもなくて、ただ自分が振り回された人でしかない。  他人に、「彼氏です」って正面切って言えるほど、関係が深いように思えない。
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