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「…もーもーい。もしかして地雷踏んだ?」
あたしの顔を覗き込んでいた委員長が、更に顔をかしげてくる。それでも黙り込んでいると、また困ったようにため息をつき、前を向いた。
「お前、男に振り回されるのは相変わらずだな。もっと相手選べよ」
「……。選んで好きになれるほど器用じゃないし」
「いや、お前は確実に選んでる。本能が選んでる。要するにだ、桃井は穏やかな男が駄目なんだな」
「―――穏やかな男」
「お前が高校時代振り回されてた男も、ある意味相当野心に満ちた奴だったしな。野心というか、欲が強いというか」
「…もう、前の男の話はいいよ。2年も前の話でしょ」
高木がビールを飲む振りをしてこちらを見たのが、視界の隅に映った。
「いや、個人的にあれは衝撃だったからさ。桃井ってもっとこう、色々考えて行動する理性派なんだろうなって思ってたから」
「それ、けなしてるわけ」
「ある意味」
「水ぶっかけるよ、桑マン」
「言ったなお前。禁断の名前を」
「ギャア!」
何かがぬっと眼前に現れたかと思うと、それは委員長の右腕で、何で委員長の腕がと思う間もなくヘッドロックをかまされた。かわいげのない悲鳴を上げて委員長に押し倒されたあたしを、周りの連中がおかしそうに囃し立てる。
「ちょっ、…い、委員長! ゴメンって! 冗談じゃない、冗談!」
なんでヘッドロックで押し倒される必要が、などと考える余裕もない。あいつ以外の男の身体の重みに、自分でも信じられないくらい動揺した。心拍が一つ二つ軽く飛ぶ。
<ぎ、ぎゃぁあ~っ!>
呼吸もままならなくなったあたしに気付いたのか、委員長はようやくあたしを解放してくれた。にわかに盛り上がった周囲のテンションに笑って対応している委員長の横顔を見ていると、無性に切なくなった。
固い身体。強引な体重。男の人の、
―――ひよ。
最近ずっと、あの声を聞いていない。
「…どしたの、日和」
委員長の反対隣りに座っていた涼子が不審そうに声を掛けてくる。
「日和? 気分でも悪くなった」
何も答えないあたしに委員長が気付いた。
「桃井? 悪い、本当に冗談のつもりだったんだけど…」
―――ひーよ。
結局いつだって、負けるのはあたしの方。
勝ち知らずのワンサイド・ゲーム。
今回ばかりは絶対あたしからは折れない、近付かない、振り向かない、そう心に決めていても。
<…会いたい>
彼女じゃなくても、あたしの一人よがりでも、振り回されても、なんでもいいから。
そんなことを考えた途端、涙が出てきた。
負けるたびに強くなれるなら、どんなにいいだろう。
負けるたびに弱くなる自分は、きっともうどんなことが起こっても強くはなれないのかもしれない。
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