[番外編]Fortune Cookie

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 見つけろ、と言うからにはせいぜい徒歩圏内にはいるのだろう。地下鉄も考えたが、知らない土地で下手に乗り物に乗るよりは歩いて探したほうが早い。大通りを歩き出すと、車は少ないものの人通りはこの時間帯でもそこそこ多い。初詣の帰り道か行きがけか、東京と同じように若者が多かった。  <飲み屋のあたり…か>  寝不足で頭が働かない。日和がいそうなスポットにめぼしをつけようとするが、回転の遅い頭で考えているうちに早くもイライラしてくる。  何で俺が。お前が来いよ。来てやってんだよ、こっちは。自分の立場わかってんのか。  見つけたらああ言ってやろう、そんなことばかりが頭に浮かぶ。だが寒さのせいか、頭のどこか一方では冷めていて、来なくていいのに来たのは自分だ、と言い聞かせるのだ。ますます苛立ちが募る。  人通りが増える前に、さっさと見つけて帰りたい。  <帰るって>  車も通っていない小さな交差点に赤信号で止まる。大通りの向こうにアーケード街が見えた。ショッピングストリートらしいが、元旦らしくどの店も閉まって閑散としている。あの奥にもしかしたら飲み屋街があるかもしれない。  <見つけたら、どうするつもりだ?>  人気のないアーケード街に向かいながら、はたとして考える。  見つけて、俺をここまで来させた文句を言って、日和の困った顔を見て、スリッパを送った理由を聞いて。―――それから?  <…連れて…帰るのか?>  それはつまり、一体、どういう意味を示しているのだ?  アーケード街を抜けると公園が見えた。そのすぐ近くに思った通り飲み屋の看板がいくつかあった。店から湧いてきたかのようにそこだけ多い人通りの中に、日和の姿はない。見逃しているわけはないだろうが、実は思った以上に根気を入れて探さなければならないのかもしれないと思うと、途方に暮れそうになる。いつもの調子で、人目につく交差点のそばで突っ立っていれば、日和の方から見つけてくれるかもしれないなどと考えた。 「…………」  頭ではその案に賛成しているのに、足が勝手に前に踏み出す。じっとしていられない。  <…動かなかったら寒いしな>  若者が溜まる公園も通り過ぎ、広そうな道を選んで曲がり、どんどん歩いていく。繁華街も歩いたが、結局見つからなかった。繁華街にいなければどこにいるというのだ。閑散とした官庁舎に出ると、絶望的な気分になってきた。  通りすがりの自販機でコーヒーを買い、庁舎に面した公園のベンチに腰を下ろす。缶の表面を熱いと指先が感じるのに少し時差がある。相当冷えていたらしい。  早朝が一日のうちで一番冷えるんだって、日和だってそのくらいの常識知っててもいいだろう。ましてやこんな、北日本の雪も降っていない街中を。ヒントもなにもなく、ただ「探せ」などと。  <これ以上俺に歩かせてどうするんだよ、馬鹿野郎>  こんなに困らせて、自分を疑いたくなるようなことばかりさせて、思い知りたくないことばかり思い知らされて。  あれ以来電話もメールも受信しない携帯を取り出し、時刻を確認すると7時20分だった。いつの間にか夜が明けていたらしい。我に返って空を見上げると、東の方がほのかに明るい。  <……マジかよ>  別にイベントにはイベントらしいシチュエーションにこだわりたいとか、そういう性格ではないが。  だが、こんな初日の出はどうだろう。 「―――日和!」  とりあえず名前を叫んだ。  いい加減腹が立った。早く見つけて何か一言言ってやらないと気が済まない。  公園のどこかに潜んでいた犬が呼応するように吠えた。木の枝に止まっていた鳥が、一羽二羽、飛び去る。俺の大声に反応したのは、そのくらいのものだった。誰もいない公園は、俺の声は小気味いいほど良く響いて吸い込まれていく。 「……びっくりするじゃないっ」  息が止まった。  唖然として、まさかという思いで後ろを振り返る。  ベンチの後方、大きな噴水広場の向こうから日和は現れた。
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