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#14. SIDE : Hiyori
1. Jan. ――a.m.07 : 49.
今なら地上に隕石が落ちてきても動揺しない自信がある。
最初は目の前に現れても、それが本物だとは信じられなかった。
朝まで宴会三昧だった繁華街からは、夜が明けても一向に人が引く気配はなかった。むしろ店員まで一緒になって騒ぐ始末で、あたしと同窓会に出ていた何人かが店を抜けても、誰も気付く様子はなかった。朝には静まっているはずの通りは、朝から繰り出してきた人と、昨日晩から飲み明かしている人とで大混雑だった。
帰宅組と別れて閑散とした公園に辿り着くと、耳にこびりついていた誰かの笑い声がこだまのように鼓膜を小さくゆすぶり続けていた。まるで耳が麻痺しているかのような。
―――お前が来いって言ったんだろうが。
だから、おかしくなった耳が幻聴を聞いたんだと本気で思っていた。
それでもじっと、探し出してくれるのを待ってしまった。
いつまで待つつもりだったのかは、自分でも分からない。日が昇って、お昼になって人通りが多くなっても、あたしはここにいたかもしれない。「探す」とも言っていない雅貴が見つけてくれることを待っていたかもしれない。
自分でもどうしようもない馬鹿だと思う。
でもその馬鹿の馬鹿げた我儘に、本気で付き合ってくれる馬鹿がいるとは思わなかった。
「…6時間の長距離移動で疲労してる身に、よくあんなサディスティックな冗談が言えたよな」
頭の上から聞こえてきたぼやきに、あたしはハッと我に返った。
「わかってんのお前。俺が今にも倒れそうだってこと」
「ま、雅貴」
「お前も徹夜なんだろうけど、俺も徹夜なの。そして一時間半、市内をぐるぐる歩き回ってたんだけど?」
さっきまでの、ポーカーフェイスから少しだけ覗いていた優しさが跡形もなく消えている。
無言のまま雅貴の腕からゆっくりと逃れると、今にも寝そうな、不機嫌そうないつもの顔があった。
「―――ご、…ごめん」
<そっ…そんなに眠そうにしなくてもいいじゃない…っ!>
いつものように食い下がりかけたが、状況がいつもの状況じゃない。
素直に謝ると、雅貴は驚いたように猫目を見開いてこちらを見た。目が合うと、だが何も言う気がないようで、すぐにふいっと視線を逸らした。
辺りの木の枝にとまった鳥が、爽やかにさえずる音がする。
「…初詣でも行くか」
「は?」
「初詣。―――この辺神社でもあるの。人が同じ方向に歩いて行ってたけど」
「え? あ、ああ! うん、この前の道を少し行ったらちっちゃい神社があるんだ。…でも、雅貴大丈夫なの?」
「お前こそ大丈夫なの、しおらしくなっちゃって」
「…………」
<…こ、こいつ>
こんな状況下でも憎たらしいくらいにいつも通りだ。いつも通りすぎて、涙で頬が濡れていたことも忘れてしまっていた。手の甲で頬を押さえていると、雅貴はさっさと公園を出て歩いていこうとする。思わず見送りかけていたあたしに気付いて雅貴が振り返った。右手をこちらに差し出しながら。
「何してんだよ、さっさと行くぞ」
もう何が嘘で何が本当なんだかわからない。
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