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勝子は子供の頃から負けん気が強いと言われ続けてきた。自分でもそう思う。滅多なことで、人に意見を譲ったりしない。人に勝つ女だと、そう思って生きてきた。
靴紐を結ぶ手が、心なしか震えている。まだ怒りが微かに残っているのだ、と認めざるを得ない。気にしていない。全く気にしていないつもりだったのに。
「カッコちゃんも、これであと結婚さえ出来てたらねぇ。誰も完璧には行かないものね、人生。頭は良いし、別嬪さんだし、良いところにお勤めだし。最近は女性でも社会進出とやらが流行りで、あれでしょ? 仕事を持った人の方が、受けがいいんでしょ、殿方に?」
したり顔に。何なのだ。一体何なのだ?
「昔は女性といえば、愛してくれる殿方に養ってもらって、可愛い赤ちゃんを育てるのが幸せで、務めだったけれど。」
私は知っているのよ。先進的な考えの持ち主だもので、とでも言わんばかりに。
「最近の女性は、男や子供と同時に、お勤めも大事にするのでしょう。ええ、分かっていますとも。カッコちゃんは、いいお勤め先には恵まれたけれど、肝心の旦那様がいないのではねぇ。」
と、そこでため息。私は本当に心配しているのよ。
「誰かいい人はいないの? この際、少しくらいお顔があれでも、ねぇ、稼ぎさえあればねぇ。」
お顔が何? 稼ぎがどうしたって? もし仮に稼ぎのない男に惚れてしまったら、私の稼ぎで食わせていくだけのこと。たまたま惚れた男がいないので、独身でいるだけ。それだけのことだ。だいたい、いいお勤め先って何なのだ。女の職業は、せいぜいお茶汲み係の一般事務だと思っている。それ以外の可能性は考えもしない。女性で起業する者だっている世の中なのよ、今どき。私はたまたま今の仕事が気に入っているので勤め続けているだけで。
「また遊びに来るんでしょ。今度はいつ? 心積もりがあるからねえ。」
まるで私の方が遊びに来たがっているような言い方。結婚もできない寂しい、可哀想な姪っ子を慰めてあげる、優しくて、人として高品質な私。冗談じゃない。自分の生き方を慇懃に否定されて、優越感を得るための踏み台にされるのが分かっているのに、誰が遊びになど行きたいものか。
そこまで思いを巡らせて、なるほど私は、自分でも情けないほど腹が立っているのだ、手が震えるのも無理ないのだわ、と、妙に納得がいった。乾いた笑いが込み上げた。
お母さんを引き込もう。今度誘われたら、お母さんも一緒に連れていこう。姉妹なんだし。子供の巣立った未亡人同士。それで、両方の寂しさが癒されれば、一石二鳥ではないか。
実際には、そんなに簡単には行かないことは分かっている。そんな仲の良い姉妹なら、最初から二人で寄り合っているだろう。私なんか抜きで。昔何があったのか知らないが、あるいは何もないけれどただ反りが合わないのかも知れないが、とにかく仲良くしているところを見たことがない。
私は、勝ち気な割には、愛想も悪くない。いや、負けず嫌いだから人受けの良さでも人に負けたくないだけかもしれないが、身内の間でも誰とも親しくしている。ただ、最近は、少し辟易している。古い世代の価値観を押し付けられて、おっしゃる通りでございますね、と愛想笑いをするのに疲れた。反りの合わない相手との関係にうんざりするのは、平日だけで十分。何なんだ、一体!
次の土曜に、伯母から呼び出しの電話がかかったので、勝子は翌日早速、母親のところへ駆けつけた。
「伯母さんのところへ行くんだけど。」
「あらそう。よろしく言っておいて。」
「お母さんも、一緒に行かない?」
「え?」
なぜ私が? といわんばかりの表情だ。いや、何故って、姉妹だから。私は、単なる姪。貴女たちは姉妹。それが理由だけど、何か?
「私は、行かないよ。」
「何でよ?」
「だって、分かっているでしょ? 私はあの人が苦手なのよ。」
「いや、私だって決して得意じゃないから。それに、久しぶりにお母さんが行ったら喜ぶんじゃない? こんなに近くに住んでいるのにね。」
ちょっと嫌味だったかな。
「私はいいわよ。あんた楽しんでおいで。」
私だって楽しいわけじゃないから。分かってるくせに。
「とにかく、母さんはいいわ。あの人だけは昔からダメなのよ。まあ、考えただけで気が滅入るわ。礼儀がよろしくないとか、常識がないとか、色々言われちゃって、肩が凝るのよ。絶対に無理。」
「私だって無理よ。」
「あんたは気に入られているから。あの人は寂しいんだから、相手してあげなさいよ。」
「少しは外の人にも会ったほうがいいよ。お父さんが亡くなってから、ずっと家にこもって、ろくに人と接してないじゃないの。」
「私はもういいのよ。一日でも早く、お父さんのところへ行きたいだけだから。それまでは静かに過ごすだけなんだから。お願いだから、もういいでしょうに!」
次の瞬間、自分でも予期せぬ言葉が口をついて出た。
「だったら、早く死ねば?」
勢いで口から飛び出した言葉。決して本心ではなかった──つもりだった。
母親の顔が青黒くなり、憎悪とも哀しみともつかない、何ともいえない表情にまみれた。
母親が倒れたのは、その四日後だった。脳溢血だった。幸い命は取り止めたものの、ずっと寝たきりでしょう、とのことだった。その原因が勝子の放った一言にあるのかどうか、本当のところは分からなかった。
しかし勝子は、その後、永久に消えない罪の意識を背負うこととなった。その一瞬の過ちに生涯、苦しみ続けることとなった。
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