番外編 君とワンダーランド!

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番外編 君とワンダーランド!

初恋なんて叶わない、なんて曲があったけど大智はあっさりと叶えてしまった。まあその相手は俺なんだけど。 「だから、大智の初恋、叶えてやるって!」 好きだと告白しながら泣いていた大智に俺はそう言った。思い出すと恥ずかしくなるこの自分の言葉。でもはっきりと言えてよかった。 当時高校生だった大智は志望する大学を受験し、見事合格した。その大学は実家から通える距離だというのに、大智は一人暮らしを選んだ。親御さんは戸惑ったらしいが、大智の熱意に折れたようだ。 一人暮らしに選んだコーポの部屋は狭いけれど、大学へは自転車で五分という好条件の場所。コーポから繁華街の大通りを抜けて、大きな公園の先に大智が通う大学がある。そしてさらに南へ進むと、俺が勤務する地方局AKRのビルがあるのだ。きっと大智はこれが狙いであの狭い部屋を選んだのだろう。 『彗さん、たまには遊びにきてね』 そう言いながら合鍵を渡されて、俺はいい年をして真っ赤になってしまったのだ。 そして大学生になった大智と体を重ねたのは、入学祝いを持って初めて部屋に行った日。美味しいと評判のケーキと少しの下心を持参した俺。大智もやっぱり意識していたようでケーキを食べ終わった後、自然とそういう流れになった。 初めて男を受け入れた大智は少し涙を堪えながら、甘い声を聞かせてくれた。痛みのための涙ではないかと思っていたけれど、嬉しくて泣いてしまったのだと後から聞いて、俺は大智を強く抱きしめた。 それから俺らは、喧嘩をすることもなく、蜜月を楽しんでいる。 *** 今夜の収録が終わり、スマホを見るとメッセージが届いていた。それは大智からだ。 『お疲れ様です。課題のレポートやっていたらお腹が空いたので、ラーメン食べたいです』 そんな誘いの言葉に俺は思わず口元を緩め、スタッフへの挨拶もそこそこにして、スタジオを後にした。 待ち合わせしたのは、AKR近くのラーメン屋。深夜に食べても胃がもたれない優しい味のスープが人気で、スタッフたちも通う奴が多い。俺は店の前に立っているパーカー姿の大智を見つけて駆け寄った。 「ごめん、待った?」 「待ってないですよ、急にごめんなさい」 「いや俺も腹減ってたから!入ろうか」 【ナイトスペース】は生放送で深夜零時から二十五時の放送だ。退社できる時間は二十六時過ぎくらい。それなのに、こんな時間にこうして恋人同士でラーメン食べるなんて、めっちゃ幸せじゃない?大智は塩ラーメン、俺は味噌ラーメンを啜りながら舌鼓を打つ。 「そういえば、大智。九月のシルバーウィーク、イベント入っちゃってさ、あまり休めないんだ」 俺がそう言うと、大智は少しだけ残念そうな顔を見せたが、何か思い出したかのように箸を置いた。 「イベントって、もしかしてもみじフェスティバル?」 「そうそう。AKRのブースで司会担当になってね」 もみじフェスティバルとはこの街の一大イベントで、企業や自治体などによるパレードや屋台、各イベントブースが立ち並ぶ盛大なお祭りだ。その様子は地元でテレビ、ラジオ中継され、この街で育った子なら誰しもが行ったことのある人気のイベントなのだ。 「今年はどんなことをするんですか?」 「全国の人気ラジオパーソナリティが来るんだ。しかも、二日間な」 「えっ!もしかして毎年巡回しているヤツ?」 俺の言葉に食いついてくる大智。大智はラジオを聴くのが好きでラジオアプリを使い、地元局のみならず色んな局の番組をチェックして聴いているらしい。だから、このイベントも知っていて、食いついてくる訳だ。 地方のラジオパーソナリティが全国を巡回するこのイベント【DJワンダーランド】は年に一回行われている。キー局(ネットワーク系列の中心となる放送局のこと)が企画、運営し、地方局同士の局の繋がりを深める役目もあるらしい。 「あのイベントの司会だなんて大変だ!ますます仕事、忙しくなっちゃうね」 「うん。当分な。だから今日会えてよかった。連絡ありがとうな」 くしゃっと頭を撫でると大智はヘヘッと照れたように笑う。そしてラーメンを食べ終えた後は一緒に大智の部屋に戻った。
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