番外編 君とワンダーランド!

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それからは予測通り、めちゃくちゃに忙しくなってしまった。もみじフェスティバルだけでもかなり準備が忙しいというのに【DJワンダーランド】の幹事局としてプラスされるのだから、AKRは蜂の巣をつついたように忙しい。打ち合わせ、放送、打ち合わせ、打ち合わせ……しまいには家に帰るのが面倒くさくなり、AKR内の仮眠室で寝ることもしばしばあった。 そんな忙しい中、癒しになったのは大智のメール。なかなか返信はできなかったけど、大智はきっと分かってくれている。 「よぉ、有村。生きてるか?」 自販機でコーヒーを買い、飲んでいると背後から声を掛けられたので振り向くとアナウンサーの赤城、そしてカメラマンの河本がいた。 「かろうじて、な。お前らも大変だろ」 もみじフェスティバルはテレビ中継も行う。毎年リポーターをするのは、地元で人気のある赤城だ。 「まあな。でもお前【DJワンダーランド】の司会もあるんだろ。AKR代表して頑張れよ」 激励しているように見えるが、これはプレッシャーをかけているに違いない。証拠に赤城はニヤニヤと笑っている。赤城は人をおちょくるのが大好きなんだ。 じゃあな、と手を振り歩いていく。笑っていても彼の目の下にはクマが出来ていたから、頑張っているのだろう。背の低い赤城と背の高い河本はまるで凸凹コンビだ。だけど彼らは恋人同士だ。あーあ社内恋愛ならいつも会えるのになあと俺はため息をついた。 ようやくもみじフェスティバル当日となり朝からハイテンションなのは俺だけじゃない。AKR全体がお祭り騒ぎだ。そして十三時からはいよいよ【DJワンダーランド】のイベントが始まる。今回は日本各地のラジオパーソナリティー六人を呼んでいる。仙台SSR局若林さん、石川ISR局の松永さん、和歌山WYR局アサコさん、名古屋ABS塩崎さん、福岡FRS飯塚さん。関西KSR野上さんだ。みんなで一緒に舞台裏で今日は楽しみましょう、と円陣を組んで檄を飛ばす。 【DJワンダーランド】が行われる舞台は野外で、もみじフェスティバルの五つあるステージの中でも一番大きい。それだけ力をいれているということだ。拍手と共に俺は舞台袖から観客の待つ舞台へと歩き、正面に立つ。おお、なかなかの観客数だ。 「みなさん、お待たせいたしました。そして、こんにちは。【ナイトスペース】の有村彗です」 挨拶をすると、さらに拍手が大きくなる。普段スタジオで一人で喋っているとリスナーを感じられるのが少ないのだが、こんなイベントや公開録音で拍手を受けると嬉しくてたまらない。 さっそく六人のラジオパーソナリティーを呼び、正面に並ばせる。 それぞれ地方局だから本来ならラジオでは聞けないのだが、大智のようにアプリで聴いている観客も多いみたいで、紹介しているときに観客から名前を呼ばれて照れているラジオパーソナリティーもいた。 五人目に紹介するのは、名古屋から来た塩崎さんだ。ネットやオンライン会議で顔は見たのだが、実際に会ってみると少し童顔で、俳優レベルのイケメンだった。 「ではお次は名古屋ABSよりお越しいただきましたイケメンDJですよー」 「はじめまして、こんにちは。塩崎彰久です。名古屋で【ウィークエンドミッドナイト】を担当しています」 塩崎さんが手にしていたマイクで挨拶をすると、観客の中からキャアと黄色い女性の悲鳴が上がった。おやおやどうやら熱烈なファンがいるんだな、と観客席をチラッと見たとき俺は一瞬にして心臓を鷲掴みされた。 今の今まで気がつかなかったけど、最前列の左側に、何と大智がいたのだ。お気に入りのブルーのパーカーとジーンズ。一瞬にして、俺の晴れ舞台を見に来てくれたんだな、と嬉しくなった。おっと、恋人に見とれている場合ではない。仕事仕事。 「いやー、それにしても塩崎さん。めっちゃイケメンですね!観客の女性たちがみーんな釘付けになってますよ」 アーモンド型のクリっとした目にすっと通った鼻筋。綺麗な黒髪が印象的な正統派な顔立ち。淡いブルーのシャツにホワイトのブレザー、そしてチノパンというスタイルが上品さを物語る。 ブラックの革ジャンにジーパン、耳にはピアスでアッシュグレーの髪の俺とは大違いだ。 ただ、彼は決して顔で売っているわけではない。優しいその声がリスナーを虜にしていているのだ。【ウィークエンドミッドナイト】の公開録音も兼ねたイベントがあった際には、かなりの観客がいたと聞いたことがある。 「あはは、それは大袈裟ですよ。それより有村さんが意外にも攻めてらっしゃるタイプで驚きました。あんなに柔らかい口調なのに」 「よく言われますよ。そうだ、地元ではアキくんて呼ばれてるんですよね。僕も呼んでいいですか?」 「もちろん」  全てのラジオパーソナリティーの紹介を終えた後はトークショー。お笑い芸人顔負けの和歌山のアサコさんと福岡の飯塚さんが場を盛り上げてくれて、俺は観客の様子をゆっくり見る余裕ができた。 予測していたよりも観客数は多く感じる。女性が多いかなと思ったが、最前列やステージがよく見える場所は軒並み男性が多い。彼らはどれくらい早くから並んでいたのだろうか。そう言えば大智だってそうだ。 ふと気になり大智の方を見てみると、両手を胸の前で組んでまるでステージを拝んでいるみたい。俺は笑いそうになったが違和感に気づいた。大智が目を輝かせながら見ている視線の先。それは大智から見て左側にいる俺ではなく、右端に座って話している塩崎さんに向いていた。何故大智は塩崎さんを知っているのだろうかと一瞬思ったが、アプリで彼の番組を聴いているのだろう。俺は大智から視線を外して仕事の頭に切り替えた。
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