番外編 君とワンダーランド!

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もみじフェスティバル一日目を終えて、すでにヘトヘトになっていた俺。家に帰りシャワーをしてご飯を食べたらようやく、人心地ついた。明日もあるけれど少しくらい良いかな、とビール缶のプルタブを開け、グビッと喉に流すと一日の疲れもぶっ飛ぶ。明日のビールはさらに美味いだろうな。そんなことを考えていたら、スマホからメールが届く音がした。表示を見ると大智からのメールだ。 『お疲れ様でした!』 ニコニコ笑っている猫のスタンプが添付されていて、癒される。恋人の何気ないメッセージは何故こんなに心に染みるんだろう。時計を見ると二十三時だ。まだ電話しても許される時間だろう、と電話をすると大智はすぐ出てくれた。 俺は【DJワンダーランド】で大智の姿を見つけたよと言うと、大智は俺が気付いてなかったと思っていたらしく、恥ずかしいと言っていた。 『そういえば名古屋の塩崎さん、かなり熱心に観ていたね』 『お気に入りなんだよ。だって塩崎さんの声が抜群にいいんだもん。彼の番組は必ず聴いているんだ!とても優しくて癒される声だよね!』 大智の興奮した声に思わず苦笑する。まるで小学生のように元気よく語る大智の様子から、塩崎さんの大ファンなんだな、と微笑ましく思えたのだ。こんなに好きなら、【DJワンダーランド】で塩崎さんに視線を送り続けていた理由も分かるなあと俺は納得した。 『明日は観にいけなくて……頑張ってね!』 大智のエールに俺はおう!と答える。これで明日も頑張れそうだ。 「お疲れ様でしたー!」 二日目の【DJワンダーランド】は盛況のうちに幕を閉じて、舞台裏にいたスタッフからミネラルウォーターを受け取る。一日目より観客は増えていて、トークショーが盛り上がり過ぎて、時間が延びてしまった。次の舞台を使う団体がヤキモキしていたらしい。 「有村さん、お疲れ!いやあ今までの【DJワンダーランド】の中で一番盛り上がったんじゃない?」 飯塚さんが笑顔でそう言ってくれて、周りにいた人たちもウンウンと頷いてくれた。しばらく雑談をみんなで交わし、最後には円陣を組んでの一本締めで解散となった。皆、それぞれ番組の時間があるのか、せわしく帰路についていく。さて、自分も何か食べて帰るかなと思ったとき、後ろから肩を叩かれた。振り返るとそこには塩崎さんがいた。 「お疲さまでした。色々ありがとうございました!」 「こちらこそ、楽しかったよ!アキくんはもう帰るの?」 「ご飯を食べて帰ろうかなと。せっかくなら美味しい料理食べたくて」 「あ!じゃあ一緒に行こうよ。オススメの店を紹介するよ」 そう言うと塩崎さんはパァッと笑顔を見せる。大智みたいな笑顔だなあ、と思った瞬間ふと閃いた。 「あのさ、よかったら友達呼んで良いかな?アキくんのめちゃくちゃファンなんだよ。【DJワンダーランド】も観に来てたんだ」 「えっ!本当ですか?ぜひ」 塩崎さんの言葉にホッとして、俺は大智にメールをした。 三十分後に息を切らせて待ち合わせした店に来た大智。慌てて来たためなのか、憧れの塩崎さんを前にして緊張しているのか大智の顔は固かった。 「すっ、菅原大智ですっ、初めまして!」 半個室となっている席で大智が深々と頭を下げながら自己紹介したときは、俺も塩崎さんも思わず笑ってしまった。 「そんなに固くならなくても、大丈夫だよ大智」 「だって……」 大智は顔を真っ赤にしている。 「初めまして、菅原さん。塩崎彰久です」 すっと手を塩崎さんが大智に差し出しながら挨拶すると、大智はようやく笑顔になって、その手を強く握った。乾杯して運ばれて来た料理に舌鼓を打つ頃、大智の緊張はようやく解けて来たようで会話が弾むようになった。 「こんなに遠い地域にリスナーさんがいるなんて、驚きましたよ。そうか、アプリかあ」 塩崎さんは嬉しそうに大智を見ながら、小イワシの天ぷらを突く。どうやら口にあったようでさきほどから美味しいですねぇ、と言いつつそればかり食べている。 「【ウィークエンドミッドナイト】も、リアタイで必ず聴いてます!ちょうど【ナイトスペース】が被らない曜日だから助かります」 大智は初め、塩崎さんに直接話をすることができなかったくせに、時間が経つにつれて、二人で盛り上がっていた。たいてい、塩崎さんの番組の話をしていて、俺は番組を聴いていないから、ちょっぴり蚊帳の外だ。 「あのリスナーさんの話、めっちゃ僕共感できて部屋でウンウン、頷いてました」 「分かります!メール読みながらマイクの前で頷いてたから」 あはは、と二人で顔を見合わせて楽しそうに笑っている。ええと俺、話には入れないんですけど。 大智は酒を飲んでいないのに真っ赤になっている。元々赤面しやすくて、俺と出会った公開録音の時も真っ赤な顔をしていた。それが可愛いなと思ってたんだけど、ここで塩崎さんにも見せるとは。何だか俺はモヤモヤしてきて、目の前の芋焼酎をグイ、と飲んだ。 「有村さんお強いんですね。次はどうされますか?」 話に盛り上がりつつも、そつなくメニューを渡してくれる塩崎さん。人間ができてるなあ……。しかも顔もいいし、声もマイク前でなくても良いんだから、そりゃみんな惚れるよな。ふいに大智はどうなんだろうと思った。 大智の眼差しはほぼ、塩崎さんに向いていた。ああそうだ、【DJワンダーランド】の時だって、大智は塩崎さんばかりを見ていたじゃないか。 ぐるぐると思考回路がまわる。酔ってなんかいないはずなのに。なあ大智、ラジオパーソナリティとして塩崎さんと俺どっちが好き? 「有村さん?」 塩崎さんに呼ばれ、我にかえる。 「じゃあ、日本酒の【春鳩】にしようかなー。地酒で人気あるんですよ」 俺がそう言うと塩崎さんはじゃあ僕もいただこうかなと笑っていた。
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