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「趣味は何ですか?」
「趣味」
運動部の声が、真冬の四時にひびいている。
僕は質問をくり返して、目の前にいる後輩を見つめた。
「はい。先輩の瞳は透明なので、気になって」
「透明かぁ」
暗喩的だ。そういう君の瞳は愛だろう。
「趣味は読書だよ」
「本当の所は?」
「……ない」
そう言うと、彼はやっぱりと呟いた。
「好きな教科は?」「ない」
「好きな天気は?」「ない」
「地球が滅ぶなら?」「君といたい」
「……え。サービスですか?」
彼は顔を上げた。愛は丸くなった。僕はいつもみたいに笑えなかった。
「サービスじゃないから」
降りつもる。
「本当、だから」
降りつもる、知らない、感情。
「もう少しだけ、何もない僕のそばにいてほしいんだ」
◼️
「君は頑張り屋だね」
「えへへ、そうですか?」
机に向かう君の声だけが、僕の心を揺らす。
「頑張ること、怖くないの?」
「頑張らないことの方が怖くなっちゃって」
「……そう」
また知らない感情が降りつもる。透徹した水面に、雪のように。
君と話す度それらは増していって、君のせいで最高密度にされそうで、いつもならここで会話を終わらすんだ。
「……頑張っても頑張っても、待ってたのは絶望で、怒られもしなくて、手を離されて、雨が降って、全部無駄になっちゃったら、どうするの」
明らかに“普通”じゃない問いかけだ。ああ、君の前だと繕えない。
「無駄になってなんかないですよ」
君は振り返った。夕陽が眩しくて、顔は見えなかった。
「俺がいます」
「俺がいますよ、先輩」
◼️
「今日嫌なことがありました。人類なんか滅べって思っちゃいました」
「そっか。それで、滅んだら僕と何したい?」
部室の机を指先でなぞる。埃はつかなかった。彼はスカートを直してから口を開いた。
「海に行きたいですね。誰もいない海。あとは未知の錆びたトンネル。朽ちた線路の果て」
「……君となら、どこでも楽しそうだよ」
「エモってやつですね」
「そうだね。えも、だね」
僕は笑えた。自然に。
「良いなあ。僕も人類、滅んでほしくなってきた」
「ふふ、先輩のそういうとこ好きです」
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